【エゴイズム(01)】
【エゴイズム(01)】
玲音ガーランドと沙紗フラゥアリーが、オーナメントアトリエにて『運命の小円環』に問い掛けている同時刻。
雨に煙る首都ローズガーデン中央区の中心。
官公庁ビルや議会棟などが円形に配された行政の中心地であり、夜であっても窓から明かりが消える事は無い。
そしてそこに建つ唯一と言っても良い高層建築物。
『ローズファウンテンビル』
聖帝国エインヘルの実質的支配者とされる帝室が所有する淡い薔薇色の建造物だ。
今、その地下最奥にある帝室枢機院にて僅かとは言えぬ動揺が走っていた。
「何が起きているのか報告せよ。」
周囲のざわめきを諌めるように太い声音で指示を出したのは、広い室内で一段高い位置に座る白いローブの男だった。
袖口や襟には刺繍があしらわれており、肩ほどの長い白髪が目立つ。
帝室の最奥にあって他の者から報告を受ける立場とはどのような者か。
会議に使うのか大振りな楕円のテーブルの一席に座り、背後には白く巨大な円環がゆっくりと回転していた。
『運命の円環』
そう呼ばれるそれは、
980年前に未来予測を可能にした特異な構造物。
より良い未来を掴み取る為に産み出され、人の生きる道を指し示す希望の光。
帝室がこれまでに国内へ広めてきた謳い文句だ。
それはこれからも変わりは無い。
その『運命の円環』に稀に見る異変が生じていた。
若い男が1人、白髪の男の元へ近寄ってくる。
似通ったローブを着ているが、刺繍の模様が違う。
「柊様にご報告申し上げます。ただ今『運命の円環』の観測圏内に、外部からの異物が混入したものと結論致しました。」
若い男は恭しく頭を下げると更に続ける。
「しかしながら、他国の間者とするには条件が符合致しません。」
ヒイラギと呼ばれた白髪の男は軽く頷くと周囲を見回す。
室内の壁際には幾つかの計器やモニター類が備え付けてあり、それらを操作する5人のスタッフがヒイラギ達の方を見ていた。
若い男の方へ向き直ったヒイラギが、確認するように問う。
「以前からのあれが観測されたと言うのだな、睡蓮。根拠を述べてみよ。」
睡蓮とは植物の名だが、本当にそれが名前であるのか、若い男が続ける。
「まず、円環のセンサークラスターの何れも対象を検知できておりません。にも関わらず、円環本体の観測データが異常増加現象を示しております。何より、増加した観測データが意味的繋がりを持っておらず、その上古いのです。」
説明したスイレンの顔から目を離し、ヒイラギがふむと口元に拳を当てて考え込む。
帝室の求心力を支えるのは言わずもがな『運命の円環』である。
より正確な未来予測を行うため、運命の円環は情報収集端末『センサークラスター』と言う極微小なセンサー類の集合体と繋がっている。
それは国内を含めた広範囲に放たれており、様々なデータを運命の円環へと送っていた。
その端末が情報を捉えていないにも関わらず、運命の円環のデータだけが増える。
かなり以前にこの現象が確認されて以来、不定期ではあったが極稀に同様の現象が起こっていた。
「今回の増加した情報も、まるで千切った書物を拾い集めた様な奇妙な物です。ストレンジデータに間違いは無いでしょう。ただ、最近はやや多い気が致しますが。」
そう言って『運命の円環』を見上げるスイレンに、下でモニターをしていたスタッフから声がかかる。
「スイレン様、ただ今の事態と平行して、式典用に装飾させている『クィーンヴェスパ』搭載の未来予測システムが起動しております!」
ざわり、
と室内に緊張と困惑が走る。
恐れ多いとの判断だろうか、ヒイラギに直接ではなくスイレンへ報告を入れたスタッフの男へ、ヒイラギがまどろっこしいとばかりに指示を飛ばした。
「確認せよ葵。このような時間に何故か?」
ヘッドセットを外して緊張気味に「はっ」と応答したアオイは、身体を半身にヒイラギへ向けたまま、モニターを確認しつつ事前に調査した内容を報告する。
「警ら隊から報告の上がっていた死亡宣告の少女の逃亡先が、オーナメントアトリエの就業体験生の元であるようです。現在、クィーンヴェスパのシステムを利用して未来予報器の内容を再確認している模様です。また、この件の対応に関しまして、運命の円環より事態収拾への警告を確認しております。」
警告と言うフレーズに、自然とスイレンばかりかヒイラギの眉間にも皺が刻まれる。
『運命の円環』からの警告文の表示は、未来においてただならぬ事態が発生する可能性がある場合に示される。
「円環より示された最適解は、」
アオイは一旦そこで言葉を区切ると、意を決した様に吐き出した。
「近衛騎士団『ライオットギア』隊の投入です。」
エインヘル近衛騎士団内に置かれたライオットギア隊は、テロ制圧や国境警備に従事する事実上の軍隊である。
暴徒鎮圧が目的であっても、強力な武装を持つ『ヴェスパ』を用いるが故に市街地へ派遣された例は極めて少ない。
しかし帝室枢機院『運命の円環』のオペレーター葵に示された最良の選択は、たった2人の少年少女に対してライオットギア隊を派遣すること。
それはつまり、
「その者達が『クィーンヴェスパ』を使う可能性があると予測されたのだな。睡蓮、あれに武装は?」
ヒイラギが視線を向けると険しい表情のスイレンがすぐに答える。
「いえ、いたしておりません。ただし、有事への備えとしての高機動装備や防御兵装までは外しておりません。仮に奪われるなどとなれば厄介な事態になります。何よりクィーンヴェスパには未来予測システムが装備されております。」
うむと唸ると柊は顔を上げてアオイを見た。
アオイが指示を待っているのを確認する。
「最悪の未来を想定せねばならんか。」
小さく発した言葉は誰も聞こえていないだろう。
すぐに意を決したのか、ヒイラギの声に厳然たる強さが宿る。
「アオイはクィーンヴェスパ強奪に至った場合の最善策を『運命の円環』に問え!スイレンはライオットギア隊に準備を急がせい!ストレンジデータへの対応は後回しで良い!」
指示を受けたアオイが「了解致しました!」と素早くモニターに向かい、それに合わせて他のスタッフが機敏な動きでフォローに回りはじめた。
通信オペレーターらしき者は既に近衛騎士団への連絡を始めている。
最終確認だろう、スイレンがヒイラギを見る。
「装備はいかが致しましょう。」
一瞬考えるように微かに目を細めると強い口調で言い放った。
「緊急だ、第一種兵装を許可する!」