【雨の夜に(4)】
【雨の夜に(4)】
ひとしきり泣き終えると、サシャはとつとつと話しはじめた。
運命観測センターへ行ったこと。
未来予報器を使ったこと。
黒判定が出て、センターの職員が自分を探し始めたこと。
そして、
「ごめんなさい。」
と涙声で言った。
「わた、わたし、明日行けなくなっちゃった。でも、連れていかれたら、もう会えなくなるから。」
ぽろぽろと涙を流しながら懸命に言葉を紡ぐ。
「さ、最期に、ちゃんと会っておきたくて、 」
涙で言葉に詰まる。
それまで茫然と聞いていたレオンがサシャの両腕を掴む。
未来予報器の予報は完全な合致ではなく、些事は無視され大事の結果だけが示される。
しかしその再現率は偶然の領域を遥かに超え、近似の未来が訪れると言われている。
そんなモノが、サシャに死を予告したと言う事実が、レオンの全身を総毛立たせた。
背中を冷たい汗が伝う。
今、目の前にいる幼なじみが、明日にはいない、死ぬと言われている。
「待って、待ってよサシャ!今日まで元気だったのに、何で急に明日が無いんだ。病気なのか?」
動揺が声に乗り、微かに震える。
涙目でレオンを見ながらサシャは、ううんと首を振る。
じゃあ事故に巻き込まれるのか、とレオンは考えるがそれは違う、多分、きっと。
何故なら、保護された人は全員戻って来ないからだ。
事故の予報で黒判定が出るなら、保護された人は危険が回避された後に戻って来なければおかしい。
「どうして、病気でもないのに、事故でもないのに、未来予報器は黒判定なんだ…」
サシャの腕を掴んだまま、レオンは視線を落として考えるが答が見つからない。
「運命観測センターは、」
壁掛け時計を見上げると21時を回っている。
そんな時間まで開いてはいないし、黒判定と出た明日までもう3時間も無い。
未来予報器でもう一度確認するのは不可能だ。
サシャが唇を噛んで目を伏せる。
「開いてないか、未来予報器は使えない。」
その時ふと、レオンの心に何かが引っ掛かった。
「未来予報器…?」
未来予報器は各地の運命観測センターに多数設置されている。
それは何処へ繋がっているか。
聖帝国エインヘル首都ローズガーデンにある帝室、その最奥の何処かに設置された『運命の円環』へと繋がっているのだ。
レオンも写真などで見たことがある。
それは、巨大な台座に突き立った直径10mの回転する白い円環。
「回転する白い円環!?」
言いながらレオンは、はっとした様に工房の奥に静かに佇む巨体を見上げる。
上擦った声を上げたレオンをサシャが不安げに見た。
ちょうどその時ピーピーと小さな音が鳴り、洗濯乾燥機が任務完了を告げてきた。
レオンはサシャを洗濯乾燥機の方へ促す。
「サシャは着替えてて。何とか出来る方法が見つかるかもしれない。ちょっと調べてみる!」
意図して少し大きな声でそう言うと、工房の書棚の前に走った。
時間は限られている。
けれど『クィーンヴェスパ』の背中のあれは、あの回転する白いリングは。
可能性はある。
仕様書は分厚いが、ただの飾りでもない限り何処かに記載があるはずだ。
そして。
「あった。」
机の上に広げた『クィーンヴェスパ』仕様書の項目には、明確に記されていた。
『近衛騎士団指揮官機専用未来予測システム』
運用試験中であり、『運命の円環』のような多元並列処理には向かないが、同じ機能を有しているとある。
「使用手順は…、これか!」
いつの間にか、サシャが横に来て覗き込んでいる。
レオンは自分の手を軽くサシャの手に重ねると、手順の確認に入った。
「行ける!」
思わず言葉に出た。
『クィーンヴェスパ』のメインシステムをオンにすると、各部モーターが挙動確認の唸りを上げ、それに伴い接続されるギアと靭帯の役割を果たすカーボンナノチューブ複合素材のワイヤーが張りつめた高音を発する。
それと同時に背面の白いリングがゆっくりと回転を始めた。
操縦席に座るレオンの後には補助席があり、そこにサシャが座っている。
コックピットハッチは開いたままだが、座席と一体化した小型情報モニターを使うので問題は無い。
時間は22時を過ぎようとしている。
モニターを操作し、仕様書の手順通りに『運命の小円環』とも言うべきシステムを呼び出す。
レオンがモニターに向かって問い掛けた。
「沙紗フラゥアリーの未来を示せ。」