【雨の夜に(3)】
【雨の夜に(3)】
「あれ?誰だ?マスターかな?」
しばらく前に出て行ったマスターが忘れ物でもしたのかと、急いで鍵を開けに走る。
「ちょっと待って下さいねー!」
レオンは外にも聞こえるよう大声で言うと、宿直時の手順通り先に監視窓を確認した。
アトリエスタッフのゴツい男を思い描いていたレオンが怪訝そうに首を傾げた。
扉の前に長髪の小柄な人影が見える。
「えっ?」
レオンは一瞬状況が把握できなかった。
人影には見覚えがある。
沙紗フラゥアリーだ。
宿直がある事は伝えていたが、何故ここにいるのか。
下町からは結構な距離があり、気軽に来るような距離ではない。
何より雨具を着けていない。
慌てて鍵を外して扉を開いた。
案の定、びしょ濡れで震えるサシャがいた。
サシャははっとしたように少し顔を上げるが、レオンは声をかけるより早く、腕を取って工房内へ引っ張り込んだ。
よろよろと引かれるまま中に入る。
「な、何やってんの!?びしょ濡れじゃん!」
言いながら扉の鍵の操作もそこそこに、サシャを壁際の小部屋の方へ引っ張って行く。
小部屋は幾つか並んでおり、その内3つは作業者用のシャワールームになっている。
レオンは自分のロッカーからバスタオルと替えの作業着を引っ張り出すと、手近なシャワールームにサシャとそれを押し込んだ。
「レオ、あのね…」
サシャが泣きそうな表情でレオンを見つめてくるが、雨を流して震える身体を温めるのが先だと納得させる。
「服はこっちで洗うから、カゴに入れて置いといて。」
そう言い聞かせてシャワールームのドアを閉めた。
女の子の服だが幼なじみだし、非常時だから良いだろうと自分を納得させる。
何があった?
レオンは自問する。
もちろん答など出ないが、あんな憔悴しきったサシャは初めて見る。
先に話を聞いてやりたかったが、気象条件によっては雨に毒物が混ざる事がある。
それを恐れて建築物は白い防水塗料が塗られ、雨天の外出には厚手の防滴コートを着るのだ。
「サシャ、入った?」
ドア越しに問い掛けると、
「うん。」
と弱々しく返事が返ってきた。
すぐにドアを開けるとサシャの衣服の入ったカゴを取り出し、洗濯乾燥機へ向かう。
なんか色々見ちゃいけないものも入っているが、気にしたら負けだ。
レオンは手早く洗濯乾燥機へ放り込むと、出てもいない汗を拭く素振りをした。
しばらくして、レオンが工房内の片付けを終える頃、シャワールームのドアが開いた。
手にしていた工具ケースを急いで棚に入れると、レオンはサシャに駆け寄る。
不安にしているのだ。
その方が良いと思った。
「暖まった?」
と手を取って尋ねると、うつむき加減に
「うん。」
と答える。
「これ履いて。サイズ合わないかもしれないけど、紐を締めれば履けると思う。」
準備しておいたレオンの靴を指差すと、
「うん。」
と答える。
「服は今洗濯中だから、もう少し待っ「うん。」
と、聞き終わるより早く答える。
その声は涙声に変わっている。
一呼吸置いて、レオンはサシャの頭に手を載せるとゆっくりと聞いた。
「何があった?」
その言葉に、サシャは顔をくしゃくしゃにして泣きはじめてしまった。