【雨の夜に(2)】
【雨の夜に(2)】
「うわー、もう、いくら観てても飽きないや。」
レオンは工房内を行ったり来たりしながら、様々な角度で『クィーンヴェスパ』を眺めている。
基本的に玲音ガーランドが装飾工房『オーナメントアトリエ』を社会産業科の就業体験先に選んだのは、守護騎士『ローズガーディアン』が好きだったからだ。
デザインは無骨だが、重厚な人型機械が動く様には機能美を感じる。
機体を所有する騎士団は有事への対応があるため就業体験先には選べない。
部品の製造工場は選べるが、部品なんか見ても面白くはない。
しかし装飾工房『オーナメントアトリエ』は、兵装類の装飾や式典などで使用する儀仗の製造取り付けを行っている。
守護騎士『ローズガーディアン』を始めとして『ヴェスパ』や各種兵装類、何と言っても新鋭機『クィーンヴェスパ』を実際に触れる可能性があった。
そしてレオンは、その幸運を引き当てたのだから堪らない。
ここにある『クィーンヴェスパ』は近衛騎士団指揮官用の新鋭機としてお披露目されるものだ。
アトリエにて式典用儀装を施すべく運び込まれた機体であるため武器類は無く、素人が扱っても暴発などの危険性は無かった。
そして装飾具の取り付けは機体の姿勢を変更しながら行うため、必然的に操縦席での操作が含まれる。
それを知ったレオンは就業体験を盾にマスターに食い下がり、散々いじくり回す事に成功したのだった。
そして今、本日分の作業工程を終了し、『クィーンヴェスパ』は電源を落とした状態で、後方に設置されたハンガーに支えられて立っている。
稼動時は二足歩行から膝立ちまでスムーズに熟す『ヴェスパ』だが、この新型機の腰部背面には昆虫の腹部を連想させる尻尾があり、しゃがむには邪魔そうだ。
内部にスペースがあるのは、恐らく固有武装を詰め込むためだろう。
正面から見ると脚は細いが、横へ回り込むと前後に幅広なのが分かる。
これは前面の空気抵抗を減らし、高速移動中の脚への負荷軽減と姿勢制御スタビライザーの役割を果たす。
操縦席は胸部にあり、半円筒型の装甲が組み合い丸みを帯びる。
今は正面装甲が下部に開いた状態で、1時間前まで装飾作業の一環でレオンが操作していた。
肩と多関節の腕は楕円の装甲で覆われており、二の腕はゴツい印象を受ける。
肘から下は細めだが、5本の指はどれも太い。
その手首の下には収納式の補助用の指があるのだが、さすがに装飾作業と関係ないので触れなかった。なんでも武装の安定保持に使うらしい。
そろそろ片付けを始めないと、などと殊勝なことを考えながら、最後にレオンは側面へ回り込んだ。
何しろ『クィーンヴェスパ』で最も特徴的なのが胸部背面だ。
基本的な構造は『ヴェスパ』の上位互換なので似ているのだが、明らかに違う装備が1つあった。
大きな白いリング。
それが背中に突き刺さる様な形で縦に装着されていて、稼動時はゆっくりと回転する。
外観は内側に歯が付いている内歯車みたいな形状だが、歯は薄く広くどう見ても飾りにしか見えない。
近衛騎士団指揮官機だから飾り立てるのも悪くはないがと思いつつ、レオンはどこかで見た気がしていた。
そういえば、と思い出す。
確か仕様書があったはずだ。
初日に操縦方法を習った時に見ているが、分厚いので他のスタッフも含め、自分の担当部分しか確認していない。
探しに行こうとして立ち止まった。
今夜は宿直で時間はたっぷりある。
何はともあれ、片付けをやってしまわないといけないと思い直す。
レオンは腕をまくると、ごっちゃに置かれた工具類を何種類か掴んだ。
明日はこれらの工具は使わないだろう。
現状で装飾の進展具合は七割ほど。
塗装や細かな装飾は今日で終わっており、明日からは式典用の衣を取り付ける事になる。
既に白い布に金の刺繍が施された、見た目にきらびやかな衣装用の資材が工房の隅に運び込まれていた。
可能なら明日も参加したかったが、宿直当番の関係でレオンは明日からお休みだ。
その代わりと言うのも変だが、明日の昼は幼なじみの沙紗フラゥアリーと出掛ける予定が入っていた。
レオンにとって幼なじみはサシャ一人だ。
様々な理由から出生率も乳児生存率も低い現在、近所に幼なじみができる率も低くなる。
そんな稀有で大切な相手との外出は、やはり大きな楽しみの一つだった。
「仮眠はとらなきゃなぁ。そうするとちょっと急いだ方がいいか。」
そう独り言を呟いていそいそと動き始めた時。
来訪者を告げるベルが鳴った。