【雨の夜に(1)】
【雨の夜に(1)】
月が出るより早く、首都ローズガーデン南部は雨が降り始めた。
石畳を叩く音が少しづつ強くなってくる。
街路は薄暗くなり、街灯のセンサーが反応して明かりを燈した。
ローズガーデン中央区から南北に延びるセンター通りには大型の店舗や工場が並ぶ。
居住区と同じく白い防水塗料で塗られているため、街並みは全体が白く落ち着きがある。
南部にはファクトリーが集約されており、エインヘル騎士団に関する施設も多い。
騎士団とは言っても、実際は重装備の軍隊であり、街中のパトロール等は主に警ら隊の仕事となる。
警ら隊では処理不能な事案となれば、騎士団と警ら隊の中間的組織でライオットトルーパーと呼ばれる暴徒鎮圧騎兵隊があり、
軽武装した騎馬兵が事態収拾にあたる。
ここエインヘルにおいては馬か馬車が主な移動手段となっており、化石燃料を使う内燃エンジン車輛は存在しない。
電気モーターを利用する電動車輛は公共機関や企業が所有するものが主で、極めて高価なため個人所有は稀だ。
燃料や機械油としての藻類バイオ燃料も出回ってはいるが、車輛に限らず日常生活で必要なエネルギーは全て電気式になっている。
日の暮れた南部ファクトリー街に、未だ明かりの灯る大型の建物があった。
コンクリート壁には装飾工房『オーナメントアトリエ』と塗装されている。
門を入ってすぐに馬車などを留めるロータリーを兼ねた広場があり、建物正面の大扉は機械仕掛けで高さ10mを超えている。
一般的な装飾具を扱っている店ではないとすぐに分かる造りだ。
その大扉の下部に設えた小型の扉が開き、中から厚手の雨合羽風の防滴コートに長靴姿の男が現れた。
うしろを振り向き様に中に残った仲間に声をかける。
「じゃあレオ!宿直よろしくな。戸締まり頼んだぞ。」
返事を待たず男が外へ出ると、閉まりかける扉の奥から大きな声がかかる。
「はぁいっ!マスターお疲れ様でしたっ!」
ゴンっと音がして扉が閉まると、そのままマスターと呼ばれた防滴コートの男は夜のセンター通りへ消えて行く。
雨は大降りになっており、そのせいもあってか人通りはほとんど無い。
閉まった扉がガチンと重く鍵の締まる音を立てた。
「さぁっ…て、片付けないとな。」
玲音ガーランドは両腕を上に大きく伸びをすると、マスターの出ていった扉を背に工房の奥を見遣る。
ある程度は片付けた後なのだろう。
それほど散らかってはいないが、キャスター付きの作業机の上には乱雑に工具が載せてある。
そしてその奥。
ライトの消えた暗がりに、やや斜めの2本の柱の様なものが見える。
そのまま視線を上げる。
するとその2本の柱と見えたものが、巨大な機械仕掛けの脚だと分かった。
上半身には2本の腕を持ち、巨体な人の型をしている。
次期エインヘル近衛騎士団指揮官機『クィーンヴェスパ』。
極厚の鉄板のような長い脚に足首は無く、足裏にあたる部分には地形に応じて接地圧力を変える緩衝機構が見えている。
細い脚に比べて、太股より上はがっしりした造りだ。
上半身に限れば、お伽話のドワーフを連想するかもしれない。
もちろん『髭』は無い。
現在配備されている機体は『ヴェスパ』と呼ばれ、『クィーンヴェスパ』よりやや小さい。
国内おいて一般に『ライオットギア』と称されるそれは、名目こそ暴徒鎮圧用の電気騎士だが、実情は高威力の武装を扱う人型兵器である。
他国との戦争はここ数十年起きておらず、国防兵器である守護騎士『ローズガーディアン』は高価で知れ渡っていた。
それを国民生活を差し置いて開発・配備するのは、帝室と言えどもさすがに求心力の為には躊躇われる。
そこで、国内治安の向上にも資する暴徒鎮圧と言う別の目的を加えた『ライオットギア』隊を騎士団の内部に据え、事実上の新規守護騎士開発をカムフラージュしたのだ。
オーナメントアトリエに持ち込まれた『クィーンヴェスパ』はその最新型だった。