【未来予報】
【未来予報】
山を造成した台地にエインヘルの首都ローズガーデンはある。
その首都を囲むように5つの都市がそれぞれ山の高台に広がり、更に飛び地のように東西に都市が延びている。
南北には所々に発電施設が配置され、少し離れて巨大な鉄塔が建ち、やや離れて南には海が広がる。
これが小さな聖帝国エインヘルの全てだ。
その空を濃灰色の雲が覆い始めている。
朝方に放送されたエインヘル国土観測所の天気予報も、夜には雨。
ローズガーデンからやや離れた簡素な下町通りには、コンクリートに白い防水塗料を塗った住居が建ち並び、そのどこもが窓を閉め始めている。
月が出る時刻には帰らなければいけない。
そう思いながら、夕陽が残る緩やかな坂道を急ぐ少女の姿があった。
目指す場所は、エインヘル国営の運命観測センター。
薄水色のワンピースを閃かせながら、沙紗フラゥアリーはそこに設置された『未来予報器』に向かっていた。
予報は断片的で、何でも分かるような便利なものでもなく、料金も結構なものだが高確率で近い結果が出る。
3日前、幼なじみの玲音ガーランドと遊びに行く約束を交わしたからどうしても観ておきたい。
レオンはどう思っているか知らないが、サシャにとっては久しぶりに浮かれて良い出来事だったから。
それが明日だ。
何か良いシチュエーションが起こらないかを知っておきたい。
準備できれば上手に立ち回れるから。
薄く頬を染め、余人には知るべくもない妄想をしていると、目的の運命観測センターの前を通り過ぎてしまい、慌てて戻って入口へ駆け込む。
今頬を染めているのは、恥ずかしさからだ。
センター内は雨の予報もあってか人影は疎らだ。
入口すぐのエントランスには並んでいる人もいない。
その奥に10器ほど設置されている未来予報器は小さな個人ブースになっており、簡単な仕切りの隙間から使用状況が窺える。
サシャは空きがあるのを確かめると、すぐに個人用未来予報器の前に座った。
運命観測センターの未来予報器は、ただの占い遊戯ではない。
小さい国土ながらも聖帝国を名乗る、エインヘル建国の由縁となった『運命の円環』へと繋がっているのだ。
それは、巨大な台座に直径10mの回転する白い円環が縦に据え付けられた、見た目にも不思議な機械である。
帝室に依って原理こそ秘匿されてはいるが、運命観測センターでは一部機能が一般にも解放されている。
建国以来980年間、国家運営から天気予報にまで使われ、これをもって求心力としていた。
今や『運命の円環』の威光は全国民に有無を言わせぬ程となり、それが示す未来への指針ともなれば、誰も異を唱えない。
いや、唱えられない。
仮にそこに、欺瞞が混ざっていようとも。
帝室の施策が気に入らなければ移民や亡命、とはいかないからだ。
エインヘルの外周を含め、千年以上昔の大規模な天災によって、地球全域に人類の生存不可領域が編み目のように広がっている。
他にも国家はあるが、移動の困難さも手伝ってほとんど交流は無い。
協力関係の構築すら難しい世界。
その世界の中で、より良い未来を掴み取る為の一助として建造されたのが『運命の円環』と言われている。
運命を読み取り、問う者に示される未来予報。
今、
その端末たる未来予報器が、沙紗フラゥアリーの前に在った。
良い未来が示されますように。
沙紗フラゥアリーはそう願いながら、紙幣数枚を未来予報器の投入口に滑り込ませた。
いらっしゃいませ
の文字がモニターに出力される。
個人用未来予報器はモニターとマイクが設置されており、マイクに向かって知りたい内容を発すると、モニターに予報が表示される。
受け付けて貰えない内容もままあるが、やり直しも利くので慌てる必要は無い。
どちらかと言うと大雑把な質問の方が回答を得やすいとの噂だった。
ゆっくりと、自分を落ち着かせるように深呼吸をすると、サシャは意を決してマイクに向かった。
「明日、幼なじみの玲音ガーランドと、で、で、でーとに行きます。」
顔が赤くなる。
「な、何か良いことはありますかっ?」
目をつむって言いきった。
相手は機械だと分かっていても、自分の言った内容に赤面してしまった。
恐る恐る目を開ける。
モニターにメッセージが表示されるはずだ。
『未来予報[観測結果>>黒]』
とだけ表示されている。
何か間違えたのかと思い、やり直しを選択して、今度はどもらずに言った。
『未来予報[観測結果>>黒]』
本来なら未来予報の後に意味のあるメッセージが表示される。
サシャの細い身体に震えが走った。
嫌な噂を聞いたことがある。
黒判定と呼ばれるものだ。
未来予報器で黒と表示された者は、近い将来死を迎えると。
未来が無い、見えないが故の黒。
自分が尋ねたのは、何か。
そんなのは分かっている。
明日の出来事だ。
突然、モニターの画面が切り替わった。
『しばらくそのままでお待ち下さい。』
未来予報器の通常画面ではない。
知っている訳ではないが、直感が教えてきた。
つまり、誰かが割り込ませたのか。
黒判定には付随するもう一つの噂がある。
未来予報器の前で留まっていると、そのまま職員に連行されると。
同様に、その場を離れた者も後に必ず警ら隊によって連れていかれる。
名目は保護だと言う。
目前に迫る死を予告されたなら、どのような行動をとるか。
落ち着いてそのまま日常を過ごせる達観した人物は、まずいない。
中には荒れて他者を害する者も現れるだろう。
黒判定を死だと知る前に、またはパニックに陥る前に対象を保護するのは理解できる。
それで未来が変わるのなら、助かるのならサシャだって保護して欲しいと思う。
しかし、保護された人が戻って来た話を一切聞いたことはない。
保護された時点で未来は確定するだろう。
混乱する頭で考える。
もし死が不可避だと言うなら、せめてレオンにもう一度逢いたい。
まだ何も伝えていないのだから。
弾かれる様にサシャは椅子から立ち上がった。
ブースから出ると、目立たないよう静かに運命観測センターの出入口へ向かう。
視界の端で背後を見ると、ちょうどエントランス奥の管理室から職員らしき人影が数名現れ、個人用未来予報器の方へ歩いて行くのが見えた。
サシャは震える手で出入口の扉を押した。




