【古との邂逅】
【未来幻想フォーチュンギア】
〜白亜の騎士とぽんこつ妖精〜
【古との邂逅】
暗闇。
バシャッ
と、水面を叩くような音が響く。
音が反響し、その暗闇の深さを知らせる。
世界に一条の光が灯り、周囲を探る様に走った。
光が壁に反射し、光源に立つ2つの人影を浮かび上がらせる。
寄り添うように立つ2人は、まだ年若い少年と少女に見えた。
少年のジャケットの端をワンピースらしき衣装の少女が掴んでいる。
そこは巨大な空洞。
彼らの膝下までを濡らす水は冷たく、空気は涼やかだ。
小型ライトの光は壁を照らし、ゆっくりと天井を確かめるように動く。
明らかに人工的な空洞だった。
2人の立つ場所からの高さは、平屋の家を5軒重ねても届くかどうか。
左右の幅もかなり広く、壁際には用途不明な機材が幾つか並んでいる。
「ここ、何だろう」
少年の声には、微かな焦燥感が感じられた。
不安なのか少女の陰が少年を見上げている。
突如、空洞のさらに奥から小さくぼんやりとした光が届く。
はっとした様に2人の陰がさらに強く寄り添う。
淡い光の玉は、人の頭の位置ほどの高さに揺らめきながら、急速に2人の方へ近づいてきた。
死者の魂が人魂になって顕れたと言われれば信じたかもしれない。
接近する正体不明のそれは、光量を増しながら、2人の手前でぴたりと止まった。
手を繋いで寄り添ったまま硬直する2人を照らしながら、光の玉がゆっくりと、しかし見間違えようもなく、小さな人の姿を象っていく。
そして明るい声が響いた。
「初めまして!お二人さんっ!」
しゅたっ、と音がしそうな勢いで片手を上げて挨拶をするその小さな人型は、どう見ても童話に出てくる妖精に見える。
妖精から放たれる光が2人の姿をはっきりと照らし出した。
2人とも目を真ん丸くして口を開いたまま、状況が理解出来ない様子で固まっている。
妖精など見たことも無いどころか、いるなんて思ってもいなかった表情だ。
よく見れば、少年のジャケットも少女のワンピースも所々が煤けて焦げていた。
顔や腕にも打ち身なのか痣が見え隠れしている。
ここへ辿り着くまでに何かあったのが見てとれた。
それを意にも介さず、場違いなほど満面の笑顔を浮かべた妖精が言葉を発した。
「ボクの名前はツクヨミ。」
じゃーん、とばかりに両手足を広げて名乗ると、すぐに小さな右手人差し指を顎に当てて小首を傾げる。
「君達のお名前は?何て呼べば良いかな?」
自身をボクと呼ぶ割に少女の様に振る舞うその小さな姿は、整った顔立ちも手伝ってか、とても中性的だ。
妖精とはこう言うものかと思いながら、ゴクリと息を呑んで少年が発した。
「れ、レオン、玲音ガーランド。レオでいいよ。」
玲音と名乗った少年は、薄黄色に黒の幾何学的なラインの入ったつなぎの服に濃いグレーのジャケットを羽織っている。
細身ではあるが、弱々しさは感じられない。
少女を庇う様に背中を見せて立ち、短い黒髪が若干伸びたのだろう、前髪の隙間から警戒心を伺わせる瞳を肩越しに妖精に向けている。
幼さは残るが、意志の強さを感じさせた。
そして少女が続く。
「わた、私、サシャ、沙紗フラゥアリー。は、初めまして、妖精…さん?」
対して沙紗と名乗った少女は華奢な印象を受けた。
厚手の薄水色のワンピースから細い手足が見えていて、いかにも少女らしい体型だ。
長めのダークブラウンの髪に細面の綺麗な顔立ちをしている。
やや怯えたような上目遣いが相まって、妖精よりも愛らしいかもしれない。
緊張が解けないながらもたどたどしく名乗りをあげた2人を面白そうに眺めながら、ツクヨミと名乗った妖精はにこやかに続ける。
「よろしくね、レオ、サシャ。そしてようこそ!先端科学技術開発実験場へっ!」
ばばぁーん、
と口に出したかと錯覚するような勢いで踏ん反り返りながら大きく両腕を広げて見せると同時、空洞内に光が溢れた。
急激な明度の変化に、2人が慌てて目を細める。
視界の端に、勢い余って後方宙返りよろしくひっくり返る妖精ツクヨミが映るが、レオンもサシャも見なかった事にしたようだ。
それよりも妖精の後方、光源に照らされた巨大な箱型の整備台が目を引いた。
2人の身長を遥かに越える高さがあり、階段と、馬鹿でかい整備台を起こす為と思われる凶悪なパワーを予感させるジャッキがついていた。
「じ、実験場って何の…?」
明るさに慣れたレオンの口から、独り言のように疑問が零れた。
サシャがレオンの横顔を、不安そうに下から眺める。
その疑問を聞いたのか、妖精が勢い良く2人の前に飛んで来ると、待ってましたとばかりに語り始めた。
「ここはね、約1000年前に君達が住む国のご先祖様が遺した技術開発施設だよ。」
ピシッと2人の方を指差し、ニヒルに笑う。が、すぐに肩を竦めてみせる。
「まぁ、遺したと言うより、巨大地震で施設が水没して、そのまま放棄されたんだけどね。」
「千…年!?」
レオンとサシャの声がハモった。
驚きも半分、それは奇妙な内容だった。
機械に詳しくなさそうなサシャでさえも眉をひそめる。
光に照らし出された施設を見る限り、浸水している事を除けば、とても1000年が経過しているとは思えなかったのだ。
いや、むしろ新しささえ感じさせる光沢がある。
レオンがそんな疑問を投げ掛けるより早く、ツクヨミは話を続ける。
「君達はボクが生まれてから、初めての来訪者なんだ。大歓迎するよっ!」
空中を滑るようにクルリと一回転。
キラッキラの笑顔で両手を差し出し、歓迎の意志を小さな身体を目一杯使って伝えてくる。
「ち、ちょっと待って、ツ、ツクヨミ…さん。」
レオンが慌てて浮かれ気味の妖精を制止する。
サシャも困惑が顔に出ている。
「き、気持ちは嬉しいんだけど、僕らは今…」
そこまで口に出した時、ツクヨミがすっと手の平でレオンの言葉を制した。
「君達の状況は分かってる。少なくとも追っ手は引き揚げて行ったから、心配は要らないよ。時間はたぁーっぷりある。」
えっ、と短く呟いて2人が妖精を見る。
追われて逃げ回った結果が、レオンとサシャが汚れ傷付いた原因なのだ。
それが居なくなったと言う。
ツクヨミは柔らかな微笑を返すと、自分の胸に手を当てて言った。
「ボクは昨日からずっと観測していたんだ。そして此処へ導かれる事も知っていた。だから待っていたんだ。」
「か、観測?」
レオンの表情が怪訝そうに曇る。
「そう。ボクの本体はね、この施設で開発中に放棄された『越時空間構築型量子コンピューターツクヨミ』、そしてそこに生まれたAIがボクなのさっ!」
そう言って左手を胸に当てたまま、大袈裟に右手を広げてみせる。
聞き慣れない単語をオーバーアクションで語るツクヨミの動きはもはや道化っぽい。
「だからねそれでね、聞きたい事があれば何でも聞いてくれたまえー!」
両腕をこれでもかと開いて、上機嫌に2人に宣った。
今のところ分かった事と言えば、何だかよく解らない凄そうなコンピュータがこのふよふよと浮かぶ妖精の本体だと言うこと。
「じゃ、じゃあ、その姿は映像なの!?」
サシャの疑問は当然だった。
コンピュータが空中に浮く訳がない。
もちろん何も無い空中に映像を映すだけでも、レオン達にとっては未知の技術なのだが。
しかしツクヨミは首を横に振った。
「この姿はねー、昔のエンタメ情報を参考にした量子マテリアル体なんだ。妖精って若者受けが良いみたいだから創ったのさっ。」
「ほえ?」
サシャが間の抜けた声をあげる前で、ツクヨミがクルリと廻ってポーズを決める。
レオンは半分口を開いて固まっており、2人にはもう何だかよく解らない内容ばかりだ。
とりあえず実体らしいのは理解出来た。
そこへまた、妙ちくりんな解説が飛び込む。
「体重はテリヤキバーガーに入ってるマヨネーズと同じくらいさっ!」
腰に手を当てて胸を張り、何故だか体重を自慢げに語る。
千年を独りで過ごしたからだろうか、話すと言う行為そのものがとても楽しそうだ。
語る内容は理解に難しいが、きゃっきゃとはしゃぐ妖精の姿は微笑ましくもある。
「あぅ」
またサシャが妙な声をあげた。
固まっていたレオンがサシャの様子を窺う。
緊張からは解放された様子だが、ツクヨミを見るサシャの目つきが少々おかしい。
とは言え、表情が微妙でレオンにもまだ読み取れない。
仕方なくレオンは頭の中で、ツクヨミの語った情報をまとめてみた。
『千年前の先端科学で創られた自称高性能コンピューターがマヨネーズと同じ体重で宙に浮く妖精の姿は若者の受け狙い』
レオンは唖然となった。
サシャの表情はきっとこれだ。
言っている事が本当なら凄そうな技術なのだが、結果はマヨネーズの妖精が浮かんでいるだけである。
そんな評価を受けていると知ってか知らずか、笑顔のツクヨミが次の質問を促してくる。
ならば、とレオンは思い直す。
高性能コンピューターを名乗る以上、情報は持っているはずと。
「僕らは国から駆除対象にされてる。何とかこの国から脱出したい。他の国の情報が欲しいんだ。」
レオンが希望を込めた真剣な表情でツクヨミを見つめる。
それに応えるようにツクヨミの瞳が真摯さを湛え、はっきりと
「むり」
と、ほざいた。
一瞬固まるレオンに、肩を竦めてツクヨミは続ける。
「ボクは千年ここを動けなかったからね。この施設の周辺ならまだしも、他所の国なんて今はどうなってることやら。」
苦笑いを浮かべてツクヨミがひらひらと右手を揺らす。
それを観ていたサシャがぽそりと呟く。
「この子…」
聞こえていないツクヨミはレオンに提案した。瞳を煌めかせて。
「千年前の地図ならあるけど、ねぇ見たい?レオは見たいっ?」
サシャが悲しげな表情で呟く。
「ダメな子なの…っむぐもぐー
レオンが慌ててサシャの口を塞いだ。
女性は時折、第六感なのか真理を見抜くが、今は勘弁して欲しかった。
ツクヨミの機嫌を損ねるのは避けたい。
その想いは実り、ツクヨミは気にした様子も無く更に問い掛けてきた。
嬉しそうに。
「良かったらボクの千年の歴史を60秒単位で映像付きで詳しく解説するけど、どう??」
「結構です!!」
2人の気持ちが綺麗にシンクロした。
これはダメな子かもしれない、と言う思いが2人の額に冷汗となって現れる。
残念そうにがっくりとうなだれたツクヨミは、すぐに落とした肩を戻すと2人へ問い掛けた。
真剣に。
強い眼差しをもって。
「なら、レオとサシャが此処へ来た経緯が知りたいなぁ。ボクの観測には人の気持ちは含まれていない。今後のためにも、君達からの情報が欲しいんだ。」
思わずレオンとサシャの視線が重なった。
そのまま数秒見つめ合った後、ツクヨミへと向き直る。
そして2人は、ゆっくりと語り始めていた。