第一話(担当:親之脛カジキ)
夏の初めの方から企画していたのですが何とか一話目を投稿できてよかったです。完結して夏ホラに上げるのは8月になってからで遅いのですが連載の状態から読んでもらえるとうれしいです。
「ほらぁ、マロン? 爽磨に挨拶してぇ」
胸の谷間を強調したゆるふわファッションに身を包み、甘ったるい口調で喋る傷んだ茶髪ウェーブの女、柳田憂先輩は抱き上げていた栗毛のミニチュアダックスフントを地面に降ろした。
主の庇護下から急に解き放たれ、目の前には見知らぬ男という状況。その小型犬はしきりに主の顔色を伺い、その背後に回り込もうとするが、
「こらぁ、逃げないのぉ!」なんて言われ、押し戻されてしまう。
この場合、犬は選択を迫られる。正面の男とどう接するかだ。
マロン君はどうやら敵対の道を選んだらしい。牙をむき出しに、低く唸り声を上げる。
主以外の人間を拒絶することで、主への忠誠を示そうとしたのだろう。健気なことだ。
しかしそれは残念ながら、君の主の意に沿わない。無駄に笑顔を振りまいていた憂先輩の表情は固まり、冷ややかな視線がマロンを射抜いている。
背中にそんな視線を受けつつ、足を震わし懸命に威嚇を続ける彼に若干の同情を覚え、先輩に聞こえないような小声でヒントを呟いてやる。
「その女、俺に惚れてるぞ」
すると一転、彼は俺に歩み寄り、匂いを嗅ぐでもなく腹を見せた。
「良い子だね」
そう言って腹を撫でる。本当に賢い犬だ。あのまま俺を威嚇し続けたら、あのメンヘラ女に後で酷い目に遭わされるのが分かりきってるからな。
「わぁ~! 爽磨とマロン、もう仲良しさんだねぇ」
憂先輩が近づいて来ると、マロンは急いで体を起こそうとしたが、主の表情を見ると再び俺に体を任せる。その方が彼女のためになると、そう判断したのだろう。
「爽磨は心が綺麗だから動物に好かれるんだねぇ。えらいえらい~」
そう言って先輩は俺の髪を撫でてくる。おい馬鹿女? お前さっきその手で犬抱いてたよな!
「止めて下さいよ憂先輩。恥ずかしいです」 っていうか汚いです。
「良いではないかぁ~。赤くなっちゃって可愛いなぁ」
あぁ本気でウザい。俺の器がいかに広大といえど、耐えるのも一苦労だ。
「でもでもぉ~。憂的にはぁ~、憂以外の女の子可愛がってる所見ると、ちょっとプンプンかなぁ」
「へぇ。君雌だったんだ?」
俺は馬鹿な人間の必死なアプローチを完全に無視し、やけに賢いこの小さな犬の性別の方に興味沸いた振りをする。仰向けだから分かるが、コイツはどう見ても雄だ。
マロンは憤慨したようにフッと鼻を鳴らし、先輩は俺の背中をポカポカと何度も小突きながら、牛のように鳴いていた。
俺、須藤爽磨は昔から他人の感情の機微に敏かった。それ故に周囲の人間関係が都合良く纏まる様に、計算して振る舞うことに慣れていて、大概は思い通りに出来た。
そこまで至っている俺だから気づいたんだろう。犬達の意外な知性に。
彼らは遠い昔から、人間に依存して生活をしている。その過程で野生を捨てた彼らが代わりに獲得したのは、空気を読むという社会性だ。
主の顔色を伺い、発言に耳を傾けて、理想の行動をとる愛らしい馬鹿を演じる。
家の中で溺愛されて育った犬ほどその傾向は顕著で、俺調べでは生後半年にもなれば大概の人語を解すようになる。
自論ながらあまりに突拍子のない話で笑ってしまうが、これが彼らの生存本能が成した進化の奇跡だと考えると、意外と納得してしまった。
そんな高い知能を持ちながら、それをフル活用して人に媚びる姿は滑稽で、見ていてなかなかに興味深い。だから人間の巣の中で野生を謳歌している猫よりかは、俺は犬を好む。
こういった事情からありきたりな質問に、どちらかと言えば犬派とほぼ無意識で答えていた。その結果が先程の無駄な時間だ。
休日、公園に呼び出されたかと思えば、犬に唸られ、髪を汚され、背中を叩かれ散々だった。
計算をせずに雑に応対した結果がこれだ。
といってもあのお嬢様の根城には、猫は勿論オウムからイグアナまで生息しているため、二者択一の質問で第三の選択肢=[動物は嫌い]を選択するという英断が必要だった。初見では回避不可能だよな。
「本当にウザいな、あの女……」
そんなストレスの元凶を跳ね除けずに、根気よく構ってやってるのは偏に俺が苦学生だからだ。
入る気もないサークルの新歓で逢って以来、毎日のように食事に連れて行ってくれる彼女は間違いなく俺のライフラインだ。
壮絶なウザさと服装のセンスが俺好みでないことに目を瞑れば、ブルジュワで俺に執着している彼女の利用価値はかなり高いと判断できる。胸もデカいしな。
物思いに耽りながら、自部屋の埃臭いソファーに身を預けていたら、何時の間にか眠りに落ちていたらしい。外の喧騒が俺の意識を呼び起こし、窓の外の暗さに俺は舌打ちをする。
騒がしさは止まず、遂には自部屋の扉がガリガリと削られる音さえしだす。
堪らず玄関に向かい、覗き穴から外を見るがそこに誰の姿もない。
俺は今日の失策を反省し、嘆息した後、確証を持てた事実を口にする。
「やっぱりペットと飼い主は似るっていうのは迷信だな」
ボロマンションを戸を開けると、冷淡な灯りに双眸を光らした栗毛の獣が佇んでおり、こちらの顔を窺うでもなくゆっくりと室内に入って来た。
「先輩にはまだここバレてないはずなんだけどな……あの馬鹿と違ってお前は本当に面白いよ。マロン」
我が物顔で自部屋を闊歩する小動物に気味の悪さを覚えつつも、自分をして意図が読めない彼の行動は俺の胸を高鳴らせた。
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