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魔王より怖い妹

「ひどい目にあった……」


 命言は時間制限をつけると効力が高まるらしい。

 朝日がのぼるまでばっちりドアの前に拘束された俺は、命言の恐ろしさと四月の夜の寒さをたっぷり実感して、家に帰るなり風呂に直行していた。 


「はあ……そういや朝風呂も久しぶりだな」


 勇者をやっていたころはダンジョン攻略が長引いての朝帰りなんて日常茶飯事で、そのたびに菊花への言い訳を考えるのが大変だったのだが。

 ……怒ってんだろうな菊花。


 うちの妹はここ最近異常に兄に厳しい。

 両親の海外赴任後、二人暮らしになってからが特にひどく、俺への監視ぶりがそれはもうハンパないのだ。

 外出先やその日の予定を尋ねるのはもちろん、尾行や追跡も当たり前で、場合によっては目的地に先回りされてたりもする。正直ストーカーがかわいく思えるレベルだ。


 そんな妹さまだから、昨日も帰れなくなった時点で適当な嘘メールを送っておいたのだが、返信は見ていない。

 というか送信してから携帯の電源自体入れていない。

 確認するのが怖すぎて。


 いやだって、電源を入れた瞬間に不在着信一〇〇件とか、センターにメールを問い合わせるだけで電池が切れるとか恐怖体験すぎるだろ。

 まあ一番の恐怖体験は菊花本人を前にした言い訳タイムだけど。


「……どうやって誤魔化そう」


 重い気分で風呂から上がり、腰にタオル一枚の格好で二階の自室に向かう。

 この姿も妹さまに見つかると「三秒以内に服を着てください」と凄まれるので、菊花の部屋の前を通るときはことさら足音を忍ばせる。


 そうして無事自分の部屋に辿り着くと、

 


 ベッドで妹が寝ていた。



「!?」


 すんでのところで出そうになった声を殺し、適当に閉めようとしていたドアを慌てて静かに閉める。

 その上であらためて確認する。


 白いシーツにさらさらと落ちる黒髪。

 俺と同じ血を引いていると思えない端整な顔だち。


 こちらを向き、掛け布団を抱きしめるような格好で寝ているのは間違いなく菊花だ。

 相変わらず中学生のくせに、ファッションモデルみたいなキレイな身体をしている。

 けれどその無防備な寝顔は、普段の印象とのギャップですごくかわいい――とか言ってる場合じゃない。


 ……なんでここで寝てんの?


 部屋を間違えたんだろうか。

 いや、完璧超人な妹さまがそんなアホなミスをするとも思えない。

 というかこいつ……裸じゃね?


 近づいてよく見てみれば、引き締まった腕と思いのほか華奢な肩、びっくりするくらい綺麗な背中には、ブラジャーどころか服そのものがナッシング。

 ついでに抱きしめた布団がもう少しずれれば、小振りながら形のいい胸があらわに――


 いやいや妹妹。

 つーか全裸で寝てる妹をじっと観察する兄ってどうなんだ。

 見てる俺もほぼ全裸だし。

 こんな状況で菊花が起きたら


「ん……………………おにい……ちゃん……?」


 ……起きちゃったよ。


「よ、よう」

「……」


 眠そうに目をこする菊花は、明らかに反応が鈍い。

 なんか昔の呼び方に戻ってるし。

 表情にもいつもの厳しさがない。


 これならまだ誤魔化せる――と思った瞬間、いきなり腕を掴まれてベッドに引きずり込まれた。

 鼻腔いっぱいに広がる女の子の香り。


 そして顔を包み込むふにゅっとやわらかいなにか。

 ちょっと待て、この素敵感触はまさか。


「んむ……おにいちゃん、あったかい…………えへ」


 いやあったかいはいいけど胸が顔に当たってるぞ!?


「ちょ、菊、花っ」

「ぁん、んっ……」


 やたらとエロい吐息をもらした妹は、身じろぎする俺をぎゅっと抱きしめ、髪に顔を埋めてきた。


「……いいにおい…………」


 甘えた声を出し、ごろごろと喉も鳴らしそうな勢いでご満悦の菊花さん。

 どうやら完全に寝ぼけていらっしゃる!


 さっきも言ったとおり、俺はタオル一枚しか身につけておらず、菊花に至っては全裸だ。

 お互いの肌と肌が密着し、あったかくてやわらかい女の子の身体の感触に色々な場所がエマージェンシーエマージェンシー。

 おまけに絡まった足が俺の股間を守る最後の牙城も崩しそうで――これ以上はいろんな意味でまずかった。


「き、菊花、目を覚ませ! 頼むから!」


 甘い誘惑を断ち切り、強引に胸から顔を離して菊花と目をあわせる。


「…………?」


 息が吹きかかる距離で見つめあっていると、切れ長の瞳は徐々に大きく見開かれていき、


「兄、さん?」


 驚く菊花の表情に、俺は深々とため息をつく。


「やっと起きたか……まったくどうなることかと」


 最後まで言わせてもらえず、突き飛ばされてベッドから転がり落ちた。


「いってえ、いきなりなにを――ってちょっと待て菊花、お前その右手に持った鉄アレイどうすあぶねえええ!!」


 間一髪、飛んできた鉄アレイを避ける。ごすっ! としゃれにならない音が床から響いた。


「なにしてくれてんの!?」

「そ……それはこちらのセリフです。どうして兄さんが、わたしの部屋に」

「そっくりそのまま言い返していいか?」

「え? ――あ」


 周囲を見まわして、すぐに気づいたらしい。

 ここが自分の部屋じゃないことに。


「そうだ……昨日は兄さんが帰ってこないって聞いて」


 小さくつぶやいた菊花は、はっとした表情で掛け布団を胸元まで引き上げると、空いている手で髪を整えながらこほんと咳払いをして俺を見てくる。


「昨日はどこに行っていたんですか」

「いやその前に、お前はなんでここで寝てんの? しかも裸で」

「…………下着はつけています」

「そういう問題じゃなく。というか下着もつけてないだろ」


 さっき見えたし。

 とは言えなかった。

 真っ赤な顔でにらむ菊花が怖すぎて。


「あ、あー、うん、下着のことは別にいいな。で、どうして俺の部屋に」

「兄さんのせいです」

「俺?」

「兄さんが昨日家に帰ってこなかったから、わたしはお風呂上がりに兄さんの部屋が開いていることに気づき、兄さんの匂いにつら……兄さんのベッドがあまりに気持ちよさそうに見えたので、そのままベッドで寝てしまったんです」

「……」

「だから兄さんのせいです」

「うん、おかしいよな?」

「おかしくないです」


 そこまですっぱり言い切られると追及しづらくなる。

 どう考えてもおかしいと思うんだけど……。


「そんなことより、兄さんは昨日どこに行っていたんですか。ちゃんと答えてください」


『菊一文字』の鋭い眼差しに、一瞬で形勢が逆転した。


「メ、メールしただろ?」

「あんなものでわたしをだませるとでも?」

「だましてなんて……」

「『入学式で意気投合した友達の家に泊まる』? そんな都合の良いことが本当に起きると思いますか」

「う」

「兄さんに友達ができるなんて」

「そっち!? それはさすがに言いすぎじゃね!?」

「そうですね、言いすぎました。兄さんと言えど全校生徒に声をかければ一人くらいは」

「少ねえ!! そして俺の努力涙ぐましい!」

「その唯一のお友達も卒業後は一切連絡がとれなくなると思いますが」

「泣くぞ!?」

「去年までの兄さんを考えれば当然だと思います」

「……くっ」


 こればかりは言い返せない。

 確かに中学のときの俺は異世界のことでいっぱいいっぱいで、クラスメイトや友人のことなんてまったく考えられなかった。


 だがこれからは違う。

 俺は……俺は普通の高校生になるんだ。


「菊花、俺は――」

 


「コウスケーっ! あんた主人ほうって勝手にどこ行ってんのよ!!」



 ばんと勢いよく開かれたドア。

 現れたのは普通じゃない高校生代表、金髪ツインテールを揺らす魔王さま。


「ルーテシアっ? おまえなんで――」

「なんでじゃないわよ! あたし言ったわよね? ちゃんとドアの前で見張って、いなさい……って…………」


 勢いよくしゃべっていた言葉が尻すぼみになる。

 突きつけられていた指は下げられ、代わりに上げられたのは。


「ヘ――ヘンタイぃぃい!!」


 叫び声。

「ま、待て待て、どうやってうちを突き止めたとか、なに勝手に入ってきてんだとかいろいろ言いたいことはあるがとりあえずちょっと待て!」


 俺はさらに声を上げようとするルーテシアの口を手で塞ぎ、


「兄さん」


 冷たい、凍りつきそうな菊花の声に、動きを止める。 

 ぎぎぎ、と音がしそうなほどゆっくり首を振り向けると、


「説明、してもらえますよね?」


 ベッドの上で腕を組む妹が、殺意も読み取れそうな素敵笑顔を浮かべていた。


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