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魔王城は2LDK

 人生はなにが起きるかわからない。


 俺はそのことを中学にあがって思い知り、高校に入った今もまた全力で痛感していた。

 ファンシーな部屋で、足の短いテーブルを挟んで向かいあう二人の魔族を見ながら。


「どうぞお座りください勇者さま」

「あ……ああ」


 あの後、「とりあえず落ち着いて話せる場所に移動しましょう」というアストリッドの言葉に従って、俺は二人の住むこの世界の『魔王城』に来ていた。


 魔王城と言ってもぱっと見平凡なマンションの一室で、中に入っても普通の2LDKだ。

 そこかしこにかわいらしい小物やぬいぐるみが置かれているのは、いかにも女の子の家という感じ。


 しいておかしなところをあげれば、リビングに置かれたテレビとパソコンがやたら豪華なことだが……それ以前に異世界の魔王とその使用人が住む場所としてどうなんだこれ。

 違和感に頭を抱えたくなる俺を置いて、アストリッドが言う。


「シアさま、私『隷従の契約』はよく考えて結んでくださいって言いましたよね~?」

「う……」

「言いましたよね?」

「…………はい」


 しゅんとするルーテシアは、それでも納得がいかないらしく、上目づかいにアストリッドを見つめる。


「で、でもでも、結婚相手にしか使えないなんて話は聞いてなかったわ」

「それは申し訳ありませんでした。シアさまがそこまでパーだとは思わなくて」

「パー!?」

「ほんとにもう親の顔……はよく見ていたので、教育係の顔が見たいですね~」

「鏡を見なさい!」

「冗談はともかく。話はしなかったのではなく、できなかったんです。シアさまが途中で遮ったので」

「だって……アストリッドが『今から性的な話をしますけどいいですか』って言うから」

「そうですよ~。『隷従の契約』は性的な話抜きにはできません。まあこれは世の中すべてのことに言えるといっても過言ではないですけど」

「いやそれは言いすぎだろ」


 俺の突っ込みを聞き流して、アストリッドは続ける。


「確かに『隷従の契約』によって主人は従者に『命言』が使用できるようになります。ですがこれには大量の魔力が必要で、普通に使えばそれこそ命を削るレベルで力を消耗するんですね~」

「命を、削る……」

「ですからそのリスクをなくすため、主人と従者は魔力のパスを通す行為……アレをしないといけないんですよ~」


 左手の人差し指と親指で輪っかを作り、そこに右手の親指を出し入れするアストリッド。


「アレ?」


 首をかしげるルーテシアとは裏腹に、俺にはぴんとくるものがあった。


「まさか、結婚相手にしか使用できないって……」

「はい勇者さま正解。そして変態」

「なんで!?」

「アレだけでわかってしまうのはそういうことじゃないですか~」

「う、確かに……ってさっきから指で実践してるだろ!」

「なんのことですか~。私は指の運動をしているだけですけど」

「全力で暗示してるわ……」

「暗くしてから示すだなんて……やらしいですね~」

「あんたの発言がな!」

「なによ、どういうこと?」


 一人会話についていけていないルーテシアに、アストリッドはたっぷりとタメを作ってから言った。



「ようするに、シアさまは勇者さまとえっちしなくちゃいけないということです」



「は――――はあああ!? な、なななにがなにして、なななななんで!?」


 耳の先まで真っ赤にして取り乱すルーテシアに、アストリッドはさらりと追い打ちをかける。


「でなければそう遠くないうちに魔力がだだ漏れて死にます~」

「死、ぬ?」

「ころりと」

「――」


 息を飲み、今度は顔を真っ青にするルーテシア。

 アストリッドの言葉が真実だということは、これまでの『命言』使用が十分に示していた。


 このまま放っておけば、ルーテシアは死ぬ。 


「それは……絶対に避けないとだな」

「な――」


 なぜかまた顔を赤くしたルーテシアが、裏返った声を出す。


「だ、だからって、あ、あんたとえ――そ、そんなことできるわけないでしょっ」

「あ、いや違うぞ?」

「なにが違うのよ! し、死なないようにするっていうことは、つ、つつつまり――」

「だからその二択が違うんだって」

「えっち以外の新しい選択肢を作るということですか~」


 アストリッドの助け船に、俺はうなずいた。


「契約を結んだせいで無茶な選択を突きつけられたわけだろ? だったらその契約自体を解いちまえばいい」


 そうすれば魔力が枯渇する心配も、魔力を供給するための……その、アレな行為をする必要もなくなる。


「む……でも、契約を解く方法なんてあるの?」

「それは……アストリッドがなにか知ってるとか」

「ないです~」

「……即答かよ」

「でも、元の世界に戻ればなにか手がかりがあるかもしれません」

「元の世界って、異世界に?」

「はい。向こうには『隷従の契約』について記した書物もありますから、それを調べればあるいは~」

「え、向こうの世界に帰れんの?」

「技術的には簡単ですよ~。ゲート開放可能な場所でこれを使用すればいいだけですから」


 そう言ってスマホそっくりの機械を取り出すアストリッド。

 形は違うが、似たようなものを向こうの世界で使ったことがあった。


「それ『魔道具』だよな? 魔導具って人間しか使わないんじゃ……」


 異世界ではどれだけ強力な魔法が使えるかでヒエラルキーが決まる。

 普通に魔法が使える魔族は、魔導具なしには一切魔法が使用できない人間を下に見て、魔導具そのものも馬鹿にしているとか聞いた気がする。


「その情報は古いですね~。マナがほとんどないこちらの世界では、われわれ魔族もこのような補助装置なしには強力な魔法は使えません」

「へえ、そうなのね」

「おい、お前のご主人さまも存じてねえぞ」

「シアさまは体内の魔力量が尋常じゃないので、こちらの世界でも補助なしで魔法を使用可能ですから~。むしろそのおかげで、命言の連発なんて無茶をしてもちょっと気分が悪くなる程度ですんだんですよ」

「そこは不幸中の幸いってわけか」

「まあそんなわけで向こうの世界に帰ることはできます。もちろん追手くらいは待ち構えていると思いますけど、それもシアさまもとい、お荷物を連れていかなければ」

「その言い直しは必要あったの!?」

「失礼しました~。ルーテシアお荷物さま」

「その発言自体が失礼よ!!」

「失礼も承知で言えば、私一人ならどうとでもなります。そもそもこちらの世界に来たのもシアさまの安全を優先したのと、先代魔王陛下の意向があったからですし」

「お母さま、の……?」

「はい」

「…………」


 なにやら考え込むルーテシアを尻目に、アストリッドはふわふわと続ける。


「かわいい子には旅をさせよじゃないですけど、なにせ当時のシアさまときたら日がな一日部屋に引きこもって――」

「わ、わああああ、それは言わなくていいっ」


 ルーテシアが慌てたようにアストリッドの口を押さえる。


「……ヒキコモリってガチだったのか」

「ヒキコモリじゃない! 部屋の中で全部事足りたから、外に出る必要がなかっただけだで」

「普通その状況をヒキコモリって言うよな」

「く、うるさ――」

「あ~命言はなるべくひかえてくださいね、ヒキコモリさま」

「あんたは暴言をひかえるべきよねえ!?」

「そうですね~。というわけで言うべきことも言いましたし、さっさと行ってきます」


 そう言うわりにはのんびりと立ち上がって、窓を開けるアストリッド。


「え……行くって今から?」

「それ以前に窓から?」


 俺の突っ込みだけ無視して、アストリッドはルーテシアに言う。


「早くしないと、シアさまの命にも関わってきますから」

「アストリッド……」

「明日の朝ドラまでには帰ってきたいですし」

「絶対そっちが本音よね!!」

「冗談です」と軽く答え、どこまでもゆるい使用人は俺を見てくる。

「勇者さま。私が留守のあいだ、シアさまの警護をよろしくお願いしますね~」

「警護?」

「こんなのでも一応次の魔王陛下ですから、狙われる可能性があるんです」

「だからって、なんで俺が……」

「シアさまの従者になったじゃないですか~」

「んな、そっちが勝手に結んだんじゃねえか!」

「なんでも願いを叶えると言ったのは勇者さまですよ?」


 確かにそうだけど。


「シアさま、なんでしたら私がいないあいだに勇者さまを襲って、契約を完全なものにしてしまってもかまいませんからね~」


 そう言って例の指の運動をしてみせる使用人に、ルーテシアの頬がさっと赤くなる。


「なに言ってんのよ!」

「命言を使用すれば{シアさまでも}なんとかなりそうですし、なによりあの『光の勇者』を完全な支配下におけるというのは大きなメリットです」

「――――」

「その場合、俺の意志は完全に無視されてるよな……」

「あ~それは諦めてください」

「軽いなおい」

「今日はいい天気ですね~」

「前後の文脈がおかしい!」

「ではそういうことで」


 散々好きなことを言って、アストリッドはあっさりと窓を越えていった。


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