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嘘と契約

「あ、あは……やった、やったわ!」


 光が収まると、ルーテシアが両手を握りしめてはしゃいでいた。

 よほど嬉しいらしく、ぴょんぴょんとその場で跳ねている。

 そのテンションの変わりようも異常だが、それよりなにより。


「おい……見えるぞ」


 ひらひらときわどくまくれるブラウスの下のものが。


「――!」


 俺の指摘にルーテシアはさっと頬を赤らめて、


「《見るなあ》っ!!」


 そう言われた瞬間、俺は不自然にルーテシアから顔を{そらされた}。


「…………?」


 いや、直接顔を掴まれたわけじゃないんだから、『そらされた』というのはおかしい。

 けれど俺は今、ルーテシアから顔をそらす気がなかった。

 にもかかわらずそむけられた顔。


 違和感に首をかしげながら、もう一度ルーテシアを見ようとして、


「だから《見るな》!」


 ぐりん、と無理矢理横を向かされる。


「……?」


 めげずにルーテシアを見ようとして、


「《見るな》!」


 見ようとして、


「《見るな》!」


 見ようとして、


「《見るな》《見るな》《見るな》――って《遊ぶな》!!」


「はい」


 思ってもいない言葉が自分の口から勝手に出て、俺は今度こそ驚く。

 まさか……ルーテシアの言葉通りに行動させられている?


 俺の疑問に答えるように、ルーテシアは偉そうに腕を組み、勝ち誇った顔で(若干疲れているようにも見える)言った。


「ふ、ふふふふ、『隷従の契約』はうまく機能しているみたいね」

「……隷従の契約?」

「勇者コウスケ。あんたはどんな願いでも聞くと言ったわ」

「いやどんな願いでもとは……」


 言ったかも。


「その言霊を担保に、あたしはあんたが{どんな願いでも聞いてしまう}ように、あたしを主人、あんたを従者とする契約を結んだ」

「は?」

「この契約によって、あんたは主人であるあたしの命令……『命言』に絶対に逆らえないわ」

「ちょ、ちょっと待て、それってつまり――」

「そう。文字どおり、あんたはあたしの奴隷になったのよ!」

「な……」


 なんでも願いを叶えてくれるって言った。

 じゃあ回数無制限で願いを聞けるように魔法で奴隷にするね――ってなんだそのお子さま発想は!


「つーか俺にはあらゆる魔法が効かないんじゃなかったのかよ……?」

「ふふん、残念だったわね。これは魔法じゃなくて契約。行使する側だけじゃなく、行使される側の同意も得ているから、勇者の耐魔法も無効化できる――らしいわ」

「……伝聞かよ」

「う、うるさい、《黙りなさい》!」

「――――」


 言葉どおりに声を出せなくなって、俺はどうしようもなく納得させられる。

 理屈はどうあれ、ルーテシアの言っていることはまぎれもない事実。


 ……冗談じゃない。


 これでは高校生活をエンジョイするどころか、普通の生活すらままならなくなる。

 どうにかならないかと、喉を掴んだりつねったりしていると、ルーテシアが余裕の笑みを浮かべた。


「無駄よ、無駄無駄。これはあらゆる契約の中で特別強力なものだもの。簡単に解けないからこそ勇者にも――」


 と言いかけたところで、いきなりよろめいて俺に寄りかかってきた。


「な――なにするのよ、『近づくな』!」


 いや寄っかかってきたのお前のほうだろ。

 そう突っ込むこともできず、理不尽な命言に従って俺が離れると、ルーテシアは壁に手をついて、苦しげに額を押さえる。


「うう、なにこれ……くらくらする」

「……おい、顔真っ青だぞ。大丈夫か?」

「大丈夫に決まって――きゃんっ」


 言っている途中で膝ががくんと崩れ、顔から倒れそうになったところを、間一髪正面から抱きとめる。

 途端にフローラルな匂いが鼻腔をくすぐり……うわ、なにこいつの身体。すげえあったかくてやわらかい。

 思わずそのまま抱きしめそうになり、慌てて両手を突っ張る。


「だ……大丈夫じゃねえじゃねーか」


 誤魔化すように手を離し――ってまた寄りかかってきた。


「お前な……」

「あ、足に、力が……入らない」

「はあ? 持病の貧血でもあんの?」

「ない、わよ……」

「じゃあなんだよ」

「わかんない……こんなの、聞いてない」

「聞いてないって全部人づてか……魔王の娘のくせに」

「だ、《黙れ》《黙れ》《黙れえ》!」


 繰り返される『命言』と共に、ルーテシアの顔色はどんどん悪くなっていき――


「はぅ……」


 ついにばったりと倒れた。


「お、おい」


 命言が切れたところで声をかけると、ルーテシアは熱っぽい息を吐きながら言う。


「もしかして……命言の、せい?」


 確かにルーテシアの様子がおかしくなったのは命言を使うようになってからだ。


「あう……な、なんで……?」


 そんな力ない瞳で見つめられても、俺にわかるはずがない。

 わかるのは、このまま放っておくとまずいということだけ。


「とりあえず救急車を――」


 いや、ダメか。

 どれだけ魔法で見た目を誤魔化すことができても魔族は魔族。


 人間の通う病院じゃちゃんとした処置を受けられないかもしれない。

 となると。


「ルーテシア、お前こっちの世界に一人で来たのか?」

「なんで、そんなこと……」

「いいから答えろ」

「アストリッドと――使用人と、一緒よ」

「よし。そいつのところに行くぞ」


 言いながら、俺はルーテシアを抱き起こして背中におぶろうとする。


「な――なに、して」

「ちょ、こら、暴れんな。立てないんだったらおぶって行くしかないだろ。俺だってほんとは嫌だっつーの」

「な……なんで」

「あ? 普通の病院に行かない理由か? そりゃ人間よりは魔族のほうが」

「そうじゃなくてっ」


 引き絞るような声。


「なんで、あたしを……助けるのよ」


 魔族なのに。魔王の娘なのに――そんな言葉を続けるアホに、俺は盛大なため息をついた。


「あのなあ、人間は目の前で困ってるやつを見たら助けるのが普通なの」

「――」

「ほら、わかったらさっさと案内を」



「その必要はありませんよ~」



 いきなり後ろから声をかけられて、俺は路地の入り口を見る。

 そこにとんでもない格好の少女が立っていた。


 年は俺と同じか少し上だろうか。

 すらりと高めの身長に、腰まで伸びる燃え立つような赤い髪。

 それだけでも十分目立つのに、やたらと露出度の高いメイド服を着た彼女は、その派手な外見とは裏腹に、ゆるく目を細めてとてつもなくおっとりした雰囲気を醸し出している。


「……アスト、リッド」


 ルーテシアのつぶやきをスルーし、アストリッドと呼ばれた彼女は短いスカートの裾を摘んで丁寧に一礼してきた。


「お初にお目にかかります勇者さま。私は元魔王アルディラ陛下の右腕、現ルーテシアお嬢さまの使用人にして教育係、アストリッドと申します~。このたびはシアお嬢さまがお世話になりました」

「いや、世話というほどのことは……」

「そういえば、向こうでは私たち魔族がずいぶんとお世話になりましたね~」

「え」

「いえ、別に怒りとか憎しみを抱いているわけではないんですよ~このクソ勇者」

「語尾に本音がだだ漏れてるぞ!?」

「冗談です。私個人は本当に気にしていません」

「あ、そ、そう……」

「ええ、ちょっと腹パンしたいなって思うくらいで」

「全然思ってる! 復讐の方法がリアルで怖い!」

「リアルにやってしまってもいいんですか~? ちなみに私、魔族一の腕力の持ち主ですけど」

「そんな話聞いてイエスって言うやついるか……?」

「ドMであればあるいは」

「そうかもな! だが俺は違う!」

「そうですか~。残念です」


 たいして残念そうでもなく、さらりと応じたトンデモ使用人は、そこでやっと主人に視線を向けた。


「で、どうなされたんですかシアさま」

「……それは、こっちのセリフよ。なんでアストリッドがここに」

「私はこちらをお持ちしたまでです~」


 そう言って取り出したのは……スカート?


「あ、そ、それ……! 散々探しても見つからなかったのに……どこにあったの?」

「布団の下に敷いてしまっていたのを思い出しました~。お嬢さまが出かけられた直後に」

「ああそういえば……って直後!?」

「すぐにお教えしようかとも思ったんですが、ちょうど朝ドラが始まってしまいまして」

「な――」


 主人のピンチより朝ドラを優先した使用人に、ルーテシアは握った拳を震わせる。


「朝ドラは午後から再放送するでしょ! そっちを見ればいいじゃないっ」


 え、そういう問題?


「午後はいいともの時間とかぶっているので無理です~」

「あたしとテレビのどっちが大事なのよ!」

「……すげえ二択だな」


 自分で言ってて虚しくないんだろうか。


「まあそれは置いておいて~」


 しかも誤魔化された。


「シアさまには誤認魔法があるじゃないですか。普通の人間にはスカートを穿いているように見えるはずですよ」

「う、で、でも、それは」

「勇者さまには効きませんけどね~」

「わかってたの!? わかってて言ったの!?」

「はい~。ぶっちゃけ勇者さまの前でシアさまが恥ずかしがる様子を想像してにやにやしてました」

「ア、アストリッド……っ!」


 目をつりあげて、使用人の元へと歩くルーテシア。

 ふらふらよろける足と、ひらひら揺れるブラウスの裾が二重の意味で危なっかしい。


「あー……ルーテシア。とりあえずスカート穿けば?」

「あんたは『こっち見るな』ー!」


 命言が発動して、俺は無理矢理横を向かされる。


「あ……う」という苦しげなルーテシアの声は、たぶんその反動だ。


 やはり命言と体調不良は連動しているらしい。

 わかってるのになんでやるかね……と思っていたら、アストリッドのまとう空気が変わった。


「シアさま」

「なによ……今さら謝ったって許さないんだから」

「いえ、謝る気自体さらさらありませんけど」

「そこは謝っておきなさいよ!!」

「もしかして、勇者さまと『隷従の契約』を結びました~?」

「え……う、うん」

「この馬鹿娘」

「今なんて言った!?」

「『隷従の契約』がどいうものなのかわかっていますか~」

「わ……わかってるわよ。魔王の血筋を引く魔族にしか使えない力で、使用した魔族を主人、使用された人間を従者として――」

「そうじゃなくて~、『隷従の契約』を結ぶことの意味です」

「結ぶことの……意味?」

「お母上、前魔王アルディラ陛下が、契約を結ばれた相手がどなたか覚えておいでですか?」

「お父さまでしょ?」

「お母上の{ご結婚相手}ですね~」

「……なによ、その意味深な言いかた」

「別に深くなんてありませんよ。ただ『隷従の契約』は結婚相手にしか使用しないというだけで」

「「は?」」


 俺とルーテシアの声がハモった。


『隷従の契約』は結婚相手にしか使用しない?


 それって、つまり――


「ご結婚おめでとうございます~」

「「――はああ!?」」



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