魔王と人間、その間に
幻覚を見たのかと思った。
違うのならドッキリだ。パネルはどこだ。ネタバレタイムはまだか。
そんな現実逃避をしたくなるくらい、ありえない光景が目の前に広がっていた。
ほんの少し前まで無人だった入口にざっと見ただけで百人以上。
いつぞやの教室で見た黒スーツ姿の異世界人たちが、物々しい武装姿で整然と並んでいた。
その先頭に立つのは――白を基調とした礼装に身を包んだ黄昏姫。
「周辺一帯に入退不可の結界が張られていたので、向こうの世界から直接ここにゲートを開かせていただきました」
「なんで……こんな大軍を」
「あら、本気で魔王を討ち取ろうと思ったらこの程度の人数では全然足りませんわ。彼女たちはあくまで保険です」
「保険?」
「はい。魔王との戦いは{これ}でもう終わっていますから」
そう言ってアリスティア姫はその手に持つ派手な装飾が施された短剣を掲げてみせる。
「アルディラさまならこの意味、おわかりいただけますよね?」
意味深に微笑みかけるアリスティアから、無表情のままのアルディラへ。
「……封印魔法か」
なに、それ?
視線だけで問いかけると、魔法のプロフェッショナルは重苦しく口を開く。
「範囲内にいる者を世界と世界の狭間に追放する、黄昏姫にのみ使用可能な魔法があったな。本来なら大がかりな術式と大量の魔力が必要だが……なるほど、そのための鍵剣か」
流れからして、鍵剣というのはアリスが持っている派手な短剣のことだろう。
よくわからないが、まずい状況なのは間違いない。
「魔王アルディラ、その右腕アストリッド、そして次代魔王ルーテシア……現魔族の主要な方々をまとめて追放できてしまうなんて、僥倖以外のなにものでもありません。――さあ、あとは光祐さまがこちらにいらっしゃるだけですわ」
そう言って右手を差し出してきたアリス。
まるでそうするのが当然であるかのような自然な誘いに。
俺は首を横に振る。
はっきりと拒否の意志を見せる。
「……なぜですか」
なぜって。
「俺がそっちに行ったら封印魔法を使うんでしょう?」
「使いますわ」
「だったら――」
「勇者なのに?」
かぶせるように言ってきたアリスは、らしくなくいらだちを隠さなかった。
「勇者なのに魔王を倒さないんですか。勇者なのに人間の味方をしないんですか。勇者なのに――助けた姫を放置するんですか」
「……い、いやアリスはわざと捕まったんじゃ」
「そうだとしても」
強い口調。
「勇者は姫のそばにいるものじゃないんですか」
「…………」
顔をうつむかせたアリスに、俺は一度ルーテシアへ視線を向け、
「…………なによ」
ぶっきらぼうな声とは裏腹の不安げな表情を目にして、ため息をつく。
まあ、一応最後までそばにいるって約束したしな……。
俺は頭をかきながらアリスを見る。
「無理です。……すみません」
「それなら――力ずくで来てもらいます」
アリスの言葉を合図に、護衛で来ていたはずの親衛隊がいっせいに武器を構えた。
「アリス――」
「無駄だ。あの子も人を背負って立っている」
いつの間にかステージから降りていたアルディラが、そばに控えるアストリッドに目配せをする。
「やはり人と魔族は対立するもの。悲しいですね~」
少しも悲しそうじゃなく言って、アストリッドは短いスカートの中――太ももに取り付けていた手のひら大の球状魔導具を体育館の床に投げつける。
まぶしい光とともに現れたのは、翼を持つライオンに似た動物や、額に宝玉をはめた壮麗な鳥、長い牙と複雑に折れ曲がった爪を持つ猿のような獣……。
「正直、魔獣なんて使いたくないんですけど。向こうがこういう展開をお望みなら仕方ありませんよね~」
アストリッドが指さすと、魔獣たちは低いうなり声を上げながら親衛隊に飛びかかっていく。
魔族VS人間。
狭い体育館の中で、激しくぶつかりあう両者。
「なんだよこれ……」
「ああ、勇者さまはご存知ないかもしれませんね~。魔獣も魔法で喚びだされる存在ですから、対勇者戦では出番がなかったですし」
「そうじゃない……」
そんなことどうでもいい。
「なんで……なんであいつら本気で戦ってるんだ」
「そりゃ本気で戦わないと死にますから~」
「だから、どうしてそんな命をかけるようなことしてんだよ!」
「魔族と人間の関係なんて本来そんなものでしょう?」
当たり前のように言うアストリッドに、俺は強い違和感を覚える。
違う。こんなのは違う。
魔族と人間の対立。
はるか昔から何度も戦ってきて、お互いに禍根があって。
遺伝子レベルで組み込まれた因縁めいたものがあるのかもしれないけど。
ただ人間と魔族という理由だけで、問答無用で戦うというのは――
絶対に、おかしい。
おかしいのなら、止めないと……!
そう思って、動こうとした瞬間。
体育館のド真ん中に光が降ってきた。
まぶしい光は、交戦する人間と魔族の真ん中に割って入り、一振りで両者を分断する。
一振り。
――そう、一条の光に見えたそれは光をまとった人間だった。
問答無用の強さでもって、魔族と人間の戦いを次々と仲裁するその姿はまさに鬼神。
いや一本の刀。
そうして戦場と化していた体育館を完全に沈静化させた少女は、光そのもののような刀を虚空にしまい、短い黒髪をかきあげる。
俺が通っていた中学の制服に身を包み、モデルのような無駄のない身体をした彼女は、よく見ると俺の知り合いに非常によく似ていて。
というか。
「………………菊花」
本人だった。




