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鍛えられたのは超一級の逃げ足

「追ってきてない……よな?」


 俺は狭い路地から顔をのぞかせ、そこに恐ろしい妹の姿がないことを確認して息をつく。

 文武両道をカンストレベルで貫く菊花は、足の速さも超一級品だ。

 普通に走っていたら簡単に追いつかれていただろう。


 だがそこは俺も元異世界の勇者。

 逃げ足には絶対の自信があった。


 ――伊達に三年間魔族から逃げ続けていたわけじゃないぜ!


 軽くガッツポーズをしたら、言いようのないむなしさがこみあげてきた。

 俺、三年間もなにしてたんだろう……。


 いやいや、これからはそういうむなしさとは無縁の青春を送るんじゃないか。

 そのためにも、余計な問題は早めに片付けなければ。

 強い気持ちで一度うなずくと、路地へと向き直り、


「おい、ルーテシア」

「…………」

「ルーテシア?」


 どうやら走っているあいだに紙袋が飛んでしまったらしい。

 暗い路地に素顔をさらしたルーテシアは、先ほどとは打って変わっておとなしい。

 心なしか顔色も悪いような……?


「お前、顔色が――」

「ひ……っ、ち、近づかないでよケダモノ!」

「へ?」

「こ、こんな暗がりに連れ込んで……顔を見せたら問答無用で襲いかかってくるっていうのは本当だったのね……!」

「ああだから紙袋をかぶって――っておい。そんなわけあるか」

「顔を見せたばかりにダンジョン内で襲われた子が何人もいるって……」

「みんな顔見せてたからな? むしろ俺が逃げてたくらいだからな?」

「く、来るな来るな、鬼、悪魔、魔王ー!!」

「魔王はお前だ!」


 ルーテシアは完全にパニくっているらしく、俺の言葉をまったく聞き入れない。

 そのまま震える足で不格好に後退り、


「あぅっ」


 転がっていたゴミ袋に激しくけつまずいた。

 無防備に浮く身体。受け身の取れない体勢。

 俺はとっさに手を伸ばし、


「いやあ!」

「ちょ、あぶな……うおっ」


 助けるつもりが逆に巻き込まれて、盛大にこけた。


「いつつ……だい――」

 じょうぶか?


 そこまで言う前に、右手がふにょっとやわらかいものを触っていることに気づく。

 それは慎ましくもしっかりとした弾力を返す、ルーテシアの胸だった。


「わ、悪い」


 とっさに手を離すが、触ったという事実がなくなるわけじゃない。

 やばい……なにか言わないと。


「だ、大丈夫だ、制服の上からだったし、小さくてほとんどわからなかったから」

「――――小さくてほとんどわからなかった?」

「あ、ああ、もしかしてこいつ男じゃね? とか思うくらいに」

「……………………へえ」

「だから気にする必要は全然――あれ、なんで目が据わってらっしゃる……?」


 ルーテシアは俺の言葉なんて聞こえていないようにゆっくりと立ち上がると、不意に笑顔を浮かべて、


「死ね」


 綺麗な右ストレートを放ってきた。


「おおおお!?」

「よけるなばかあっ!」

「む、無茶言うな、つーか顔はやめろ顔は!」

「うるさいうるさい動くなヘンタイ勇者!!」

「うぉ……くっ、俺が変態ならおまえも変態だろうが、この露出狂!」

「な――あたしのどこが露出しているっていうのよ!?」

「は、自覚もないほど筋金入りってわけか」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、あたしはどこも…………」


 と言いかけて、ルーテシアの視線が自分の下半身へと向く。

 そうして信じられないような表情で、信じたくないような顔でこちらを見ると、小声で訊いてきた。


「…………まさか…………見えてる、の?」

「はあ? 見えてる見えてない以前にはいてないだろ」


 俺がそう言った瞬間、ルーテシアは顔を真っ赤にして、ブラウスの裾を全力で下に引っぱった。


「な、なななんで? なんでなんでなんでなんで!? ちゃんと誤認魔法をかけて、アストリッドだって大丈夫だって言ってたのに!!」

「よくわからんけど、勇者に魔法は効かないんじゃなかったか?」

「――――!」


 大きく目を見開いて、情けなく眉をハの字にする魔王の娘。

 どうやらノースカートだったのは、露出狂でもパンツじゃないから恥ずかしくないもんでもなく、単なるうっかりだったらしい。


「ドジっこか……」


 なにか言い返してくるかと思いきや、ルーテシアは普通にうなだれて、


「もう……やだぁ……」


 張り詰めていたものが切れたように、へなへなとその場にへたり込んでしまった。

 抱えた膝に顔を伏せて、湿った声で言う。


「なんであたしばっかりこんな目に遭うの……あたしはなにもしてないのに……」


 その言いかたは、ちょっとカチンときた。


「あのなあ、自分だけ不幸だとか思うなよ? 俺だって迷惑してるんだよ」

「……あんたが母さまを倒さなければこんなことにはならなかったのに」

「う……さ、先に姫をさらったのはそっちだろ」

「知らないもん! あたしは関わってないもん!」

「もんって……魔王の娘なら負けたときのことくらい覚悟しとけよ」

「母さまが魔王だっていうだけで、なんであたしまでその責任をとらなくちゃいけないの」

「それはお前、持つ者の義務っつーか、ノブレスオブリージュっつーか」

「勇者のあんたはあたしを不幸にした責任も取らないのに、あたしばっかりに求めるのはずるいずるいずるいっ」

「だからその言葉は――」


 そのまま自分に返ってくるだろ。そう続けようとして、気づいた。

 まさにその言葉は俺自身に返ってくる。


 俺は、ずっと自分を被害者だと思っていた。

 たまたま適性を持っていたために、異世界に喚ばれ、勇者をやらされたのだと。

 だから、ルーテシアに責任を取れと言われても、『巻き込まれただけなのに、どうして責任を取らなくちゃいけないんだ』としか考えられなかった。


 でも、それは人間側にとっての都合で、魔族ルーテシアには関係ない。

 姫をさらったのはあくまで魔王で、他の魔族は無関係などと言われても人間側が認めないように、魔族の運命を変えたのは他ならぬ勇者(俺)なのだ。


 自分が起こした行動の責任は自分で取らなければならない。

 そしてルーテシアはその責任を世界からの追放という形で取っていた。


 だとすれば……俺は? 

 このまま何食わぬ顔で普通の高校生活をエンジョイしていいのか?

 それで気持ちよく日常を送ることができるのか――?


 考えて。

 考えるまでもなく、答えは一つしかなかった。


「――あーもうわかったよ!」


 目の前で揺れる金髪のツインテール。

 顔を上げたルーテシアに、俺はがりがりと頭をかいて言う。


「取ればいいんだろ、責任」

「……え?」


 ルーテシアはなにを言われたのかわからないような顔をしてから、食いつくようにこちらを見てきた。


「ほ……本当に? 嘘じゃなくて?」

「こんなところで嘘なんかつくか。それでお前も納得するんだろ」

「す、する! するわっ」


 さっきまでのへこみっぷりが嘘のように、こくこくとうなずく魔王の娘。

 その小動物っぽい仕草は、不覚にもかわいかった。

 ……いやいや関係ない関係ない。

 俺は仕切りなおすように咳払いをして、投げやりに訊く。


「で、具体的にどうすればいいんだよ」


 ルーテシアを幸せにする。

 それだけではなにをすればいいのかわからない。


「え……えーと」

「実はなんにも考えてませんでしたとか言うなよ」

「し、失礼ね、考えてあるわよ……ただちょっとその、言い方が難しいというか準備があるというか」

「準備?」

「とりあえず、あんたにはあたしの願いを叶えてもらうわ」

「願いね……別にいいけど、『まずは叶える願いの数を増やして』とかいうのはなしだぞ」

「そ、そんな子供っぽいこと言わないもん」

「その口調がすでに子供っぽいけどな……」

「なんて言えば……一番うまく……自然に……」


 細いあごに指を添え、ブラウスの裾をいじりながらぶつぶつとひとりごとをつぶやくルーテシア。

 ……こいつ自分がスカート穿いてないってこと忘れてないよな?

 俺は揺れるブラウスとニーソックスが作り出すバミューダトライアングルから目をそらすと、意図的にため息をついた。


「なんでもいいから早くしてくれ」


 今ならまだ入学式に間に合うかもしれない。

 願いとやらを聞いてしまえばこっちのもの。

 さっさと責任を果たして高校生活をエンジョイする――


 なんて。


 この期におよんで、そんな楽観的なことを考えていた俺は、うっかり忘れていた。

 こいつがまがりなりにも魔王の娘なのだということを。


「本当になんでもいいのね?」

「ああなんでもいいなんでもいい」

「契約に誓って?」

「誓う誓う」


 ……ん、契約?

 何の?



 そう思ったときには、俺の身体をまばゆい光が包み込んでいた。



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