中学あがってすぐ異世界勇者
俺が初めて異世界『アスフィア』の中央大国ソーマリンドに喚び出されたのは、中学にあがってすぐのことだった。
「おお、あなたこそ異界より来たりし光の勇者さま! どうか悪しき魔王を倒し、囚われの姫をお救いください!」
中世西洋風の城で王様っぽい人にそんなテンプレなことを言われ、ゲーム好きだった当時の俺は興奮した。
誰だって一度は思ったことがあるはずだ。
つまらない日常から、刺激的な非日常にひとっとび。
自分だけにしかできないこと。
世界の救世主。
しかも話を聞けば、勇者として選ばれた俺には敵である魔族の魔法がいっさい効かないらしい。
なにそのチート。
最高じゃないか。
俺は二つ返事で引き受け、意気揚々と魔王の棲む城(っていうか地下ダンジョン)に特攻し――速攻で行き詰まった。
まずダンジョンの構造がハンパなく複雑。
魔王を倒す以前に魔王のいる場所まで辿りつけない。
そして唯一の敵である魔族がなぜかみんな女の子。
いくら魔王の手下とはいえ、尖った耳以外は人間そっくりの少女をおいそれと倒せるわけがない。
仕方なく魔族からは逃げる。
逃げた結果複雑なダンジョン内で迷う。
迷っているうちにまた魔族に見つかり、逃げて迷って……エンドレス。
なにこの無理ゲー。
設定が鬼すぎる。
ゲーム好きなくせに、熱血でもなんでもなかった俺はすぐに冷めた。
ついでに飽きた。
ゲームだったらコントローラーを投げ出して電源を切ればいいだけの話。
けれど、残念ながらこれは現実だった。
「どうでしたか勇者さま。すぐにでも攻略できそうですか」
「……えーと」
「むぅ、厳しそうですか。では一度元の世界に戻っていただいて、また明日からよろしくお願い致します」
「え? 帰っていいんですか?」
「もちろんです。捕まった姫のことを考えれば気が気ではありませんが――くぅぅっ! いえ、勇者さまの生活を圧迫するつもりは毛頭――ああ姫っ!」
「…………」
「ちなみに勇者さまの所在地はこちらの『魔導具』によって捕捉済みですので、あまり時間が空くようでしたらなんらかの形で催促させていただくかもしれません」
「…………なるべく早く戻ってきます」
それからの毎日は文字どおりの地獄だった。
平日は学校の後に、休日は一日中異世界に入り浸る。
部活にも入らず、たまに遊びに誘われてもすべて断った。
長期休みに入ると、家族には「友達の家に泊まる」、友達には「引きこもってゲームをする」と言って、ひたすらダンジョン攻略。
一年目はただつらかった。
二年目は無心でこなした。
三年目、中学最後の夏休みにクラスメイトが楽しそうに遊ぶ計画をたてているのを見て、ふと思った。
いいなあ……みんなダンジョンのマッピングとか、女の子を傷つけずに無力化する方法とかで頭を悩ませたことなんてないんだろうな。
きっと高校にあがってもそうだ。俺が一人ダンジョン攻略に精を出しているあいだに、みんなは女の子の攻略にでも励むんだろう。
……あれ。
やばくね?
このままだと高校生活まで棒に振る。
異世界の勇者なんていう、現実世界とまったく関係のないことで。
それは。
それだけは――絶対にごめんだ!
その日から、俺は学校を休んでまで異世界に向かうようになった。
受験が終わると表向きヒキコモリになったことにして、ひたすらダンジョンにこもる。
高校生になったら部活に入って、友達と遊んで、あわよくば彼女を作る――そんな普通の生活を夢見て、文字どおり死ぬ気でダンジョンを攻略していった。
そうして数々の苦難を乗り越え、姫を救い出したのは、ちょうど卒業式の日だった。
「おお、勇者さまこそ真の英雄……! どうか姫の夫となって末永くこの世界に――」
「いえ、結構です」
「……は?」
「今日卒業式なんで」
「あ、ちょ、勇者さま――!?」
ゲートを抜けて猛ダッシュで中学に向かうと、すでに式は終了していた。
同時に俺のなんにもない中学校生活にも終わりが告げられてしまった。
……むなしさがなかったといったら嘘になる。
でも、俺には希望があった。
これで勇者を卒業できる。
もう二度と異世界に関わることはない。
春からは素敵な高校生活が待っているのだ。
さようなら、最悪の中学三年間。
おいでませ、最高の高校三年間――!
そう思っていたのに。
「――ちょっと、聞いてるの?」
トゲのある声に顔をあげると、紙袋をかぶり直した少女が腰に手を当てて立っていた。
紙袋からさらさらの金髪がはみ出ている。
俺の心からもいろんなものがはみ出そうだった。
「心の底から聞きたくねえ……」
「ということは聞こえてるんじゃないの。いいわ、もう一度言う。あたしの名前はルーテシア。あんたに倒された魔王アルディラの娘よ!」
「嘘だ……こんな紙袋かぶったやつが魔王の娘なわけがない」
「う……こ、これは関係ないでしょ」
「ああ、関係ない。俺とお前はまったくの無関係だ。というわけで俺は先に」
「行かせるか!」
俺の前に回りこんだ紙袋少女が両手を広げる。
「行かせないわよ、絶対に」
「なんでだよ! 俺がなにをした!?」
「魔王を倒したでしょ!」
「倒してねえよ! ちょっと魔法を使えないように魔力を封印して」
「それを倒したっていうのよ!」
……まあそうなんだけれども。
「勇者コウスケ」
すっと低くなる声。
「あんたのせいで、いろんな人の運命が変わったわ」
「う……」
「あんたが魔王を倒したことで、魔族はばらばらになった」
「……それは」
「あんたが魔王を倒したことで、あたしはこっちの世界に追いやられた」
「――――」
「あんたが魔王を倒したことで、あたしは部屋の外に出なくちゃいけなくなった」
「…………?」
「あんたが魔王を倒したことで、あたしは紙袋をかぶらなくちゃいけなくなった!」
「ちょっと待て!」
「なによ、まだまだ言いたいことはいっぱいあるんだから」
「それはこっちのセリフだ。いろんな人っつーか全部お前の話だし、後ろの二つはあきらかに俺のせいじゃないよな?」
「あんたのせいよ。今住んでいる部屋が狭いのも、毎日ご飯を作るのが大変なのも、今日の天気が曇りがちなのも全部ぜーんぶあんたのせいよ」
「俺の影響力すげえなおい」
「なんなら今朝のあたしの寝起きが悪かったのもあんたのせいにしたいくらいだわ」
「それ完全にお前の願望じゃん……言いがかりにもほどがある」
「むしろあんたのその言葉自体が言いがかりよ」
「おまえのその言葉は言いがかり通り越して無茶苦茶だけどな!」
「とにかく、あんたには絶対責任をとってもらうんだから」
「だからなんなんだよ責任って……」
「あたしを幸せにする責任」
「――はあ?」
「あんたのせいであたしは不幸になった。だからあんたはその責任をとって、あたしを幸せにしなさい」
「……いや、それ」
聞きようによってはえらい誤解を招くんじゃ――そう思ったそのとき。
「兄さん」
タイミング良く聞こえてきた声に、俺は驚きと共に振り返る。
そこにいたのは、氷のように冷たく透き通った容姿の少女だ。
ぴしりと伸びた背筋に、潔いショートの黒髪。
俺が去年まで通っていた中学の制服を颯爽と着こなす彼女は。
「……菊花?」
中学三年ながら、かわいいではなく美人と評される我が妹、一ノ瀬菊花だった。
「お前、なんでここに……」
「いたらなにかまずいことでも?」
さらりと返す言葉に鋭利なトゲがある気がして身震いをする。
菊花は長刀の全国大会を二連覇した上、剣道、居合道、古武術にも精通し、その名前と抜き身の刀のような佇まいから一部の熱狂的ファンに『菊一文字』と呼ばれている。
普段はあまり感情を表に出さないが、必要なときには二つ名さながらの鋭い眼差しや切れ味抜群の言葉を差し向けてくる妹が、俺は少し苦手だった。
「入学式の準備は、どうしたんだよ」
優秀な妹さまは去年から生徒会長を務めている。今日は新入生を迎える準備があるとかで、先に家を出ていたはずなのだが。
「とっくに終わっています。時間が余ったので、兄さんの様子を見に来ました」
「わざわざ?」
「勘違いしないでください。家に忘れ物をしたので、取りに帰るついでです」
「ついでって……お前の中学と俺の高校ってうちを挟んで反対側にあるよな? 普通に帰ったらこの道通らなくないか?」
俺の指摘に、菊花はかすかに頬を赤く染めて、苛立ったように早口で言う。
「わ――わたしのことはどうでもいいのです。それよりそっちの女……ではなく、そちらの方はお知り合いですか」
菊花の冷たい視線が紙袋をかぶった不審な少女に突き刺さる。
…………やばい。
異世界でのことはもちろん誰にも言ってない。
言ったところで信じてもらえないというのもあるけど、菊花の場合、俺がふざけてると判断して気分を害す可能性があるからだ。
おまけにルーテシアのこの格好。
どうがんばってもまずい結果しか思い浮かばない。
「え、えーと、その……まあ、なんというか」
「はっきりしてください」
「世の中、不思議なことはまま起こるもので……」
「兄さん?」
「――はい。知り合いです」
刀の刃先を突きつけられるような声に、俺は反射的に丁寧語で答えていた。
「先ほど責任がどうとか聞こえた気がするのですが、それは?」
「聞き間違いじゃ――」
「ちゃんと言ったわよ」
ルーテシアが不機嫌そうに俺をさえぎる。
「責任取ってあたしを幸せにしなさいって」
「な――」
菊花の表情が目に見えて変わった。
「おま、ばか……!」
「な、今バカって言った!? なんであたしがあんたにバカって言われなくちゃ――」
「空気を読めよ!」
「空気? どこから天気の話につながったのよ?」
気圧されたように小声で答えるルーテシアは、どうやら素で言っているらしい。
こんなときにかぎってカルチャーギャップ……!?
俺は頭を抱えたくなるのをこらえ、とっさに彼女の手を取った。
「いいからちょっとこっち来い!」
「なに言って――あ」
「兄さん!」
追いすがる菊花の声を振り切り、俺は全力で駆けだした。