勇者と魔王と姫がクラスメイト
さすがの『黄昏姫』も元勇者の本気逃げ足にはかなわなかったらしい。
どうにか逃げきった俺は、額の汗を拭って周りを確認する。
現在地は新校舎と旧校舎のあいだにある教職員用の駐車場だ。
陽がほとんど当たらず、じめっとしているせいか人影はない。
車止めに腰掛けて一息つくと、悲しげに腹が鳴った。
そういや昼飯食べに行く途中だったな……。
いまさら学食に行っても遅いだろうし、それ以前にアリスティア姫に見つかったら元も子もない。
学食で席に座ったら当たり前のように隣にいて、「食後はアリスを召しあがってくださいね」とか、想像できすぎてげんなりする。
そもそもアリスティア姫のあの変わりようはなんなんだ?
引っ込み思案でおとなしく、清楚で可憐だったはずのお姫さま。
それがこっちの世界まで俺を追いかけてきた挙げ句、同じ高校に入学してクラスメイトになって、アリスだけを見てくださいって――
「わけわからんわ!」
思わず声に出して突っ込みを入れたら。
「――ひっ」
すぐ後ろから聞き覚えのある悲鳴が返ってきた。
聞き覚えのある悲鳴?
首をかしげつつ背後の植え込みをかきわけてみると、
紙袋をかぶった少女がいた。
こちらに背を向け、屈み込んで頭を抱えている彼女は一見すると誰だがわからない。
だが、俺は彼女のかぶっている紙袋とはみ出た金髪にどうしようもなく見覚えがあった。
「……なにしてんだルーテシア」
「――っ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「おい」
「許してくださいっ、犯さないでください!!」
「誤解を招くようなことを言うな……落ち着けって、俺だよ俺」
「コウ、スケ?」
ぴたりと動きを止めて、おそるおそるこちらに向き直るルーテシア。
そのままじっと俺の顔を見つめ、紙袋をとると、
「――バカっ!!」
いきなり罵倒してきた。
「バカバカバカバカバカバカ!」
「なんだよ急に謝ったり罵ったり……あいてっ、叩くなこら」
「バカ勇者! ヘンタイ勇者! 放置勇者!」
「だからなんで俺が責められて……放置勇者?」
そこまで言われて、やっと気がついた。
ぽかぽか叩いてくる魔族のお姫さまが、泣きそうになっていることに。
「まさかお前、あれからずっと逃げ回ってたの?」
朝から五時間。
とっくに自分の教室に行ってるものだと思っていた。
というか。
「そんなに男がダメだったのかよ!?」
「う、うるさいうるさいうるさい! 怖いものは怖いんだもん!」
「お前……」
自分で言ったんじゃん。慣れれば平気だって。
「あ、あたしだって、こんなに男がダメだなんて思ってなかった。襲われたって魔法を使えば平気だって自分に言い聞かせて……でもそんなにいっぱい魔法を使って、魔力が尽きちゃったら――」
死んじゃうかもしれない。
そうつぶやいて、ルーテシアは顔をうつむかせる。
肩を震わせ、なにかを必死に堪える。
ルーテシアは次の魔王だ。
異世界において、魔王は絶大な力を持ち、問答無用で恐怖と畏怖の対象。
ヒキコモリだろうと男が苦手だろうと、人間に遅れをとることなどありえない。
そう思っていた。
けれど、それはあくまで向こうの世界での話。
こっちの世界に複雑怪奇なダンジョンはないし、護ってくれる仲間の魔族もいない。
そしてなにより――魔法を使い続ければ死ぬ可能性がある。
そんな状態で、慣れないところに、それも心底苦手な『男』がそこら中歩き回っている場所に放置されたらどうなるか。
少し考えれば、いや考えなくてもわかるのに。
「……悪い」
気づけば、俺は謝っていた。
「もっと早く探しにいけばよかった。お前のこと、ちゃんと考えてなかった。――すまん」
頭を下げる。
そのままの格好で沈黙していると、ルーテシアがかすれた声で訊いてきた。
「……本当に、そう思ってる?」
「思ってる」
「本当の、本当に?」
「ああ。なんなら命言使って確かめてもらってもいい」
「……………………じゃあ、もういい」
「え?」
「もういいって言ってるの」
一方的に言いきって、小さく付け加える。
「あたしも慣れれば平気って言ったし、それに……ちゃんと…………きてくれたし」
「……? 悪い、最後のほうよく聞こえなかった」
「い、いいからさっさと教室まで連れて行きなさい!」
「いや教室って……男いるぞ?」
「あんたも、いるんでしょ」
「そりゃどこかにはいるけどさ」
「だったら平気」
「は?」
「奴隷が主人を護るのは当たり前でしょ」
ああ……ようするに俺に護らせるから大丈夫だと。
まあ近くにいれば命言も使えるしな。
「って、お前何組だよ」
「A組」
「同じクラス!?」
なにその偶然。
と思ったが、冷静に考えてみればこいつやアリスティア姫の場合、高校入学の経緯すらあやしい。クラスをいじるくらいは朝飯前だろう。
ということは、黄昏姫と魔王の娘がクラスメイトか。
「どこの異世界だ……」
「心配しなくても、なるべくあんたの邪魔はしないようにするわよ」
「は?」
「一番大事なんでしょ、普通の高校生活が」
「そう、だけど……え、本気で言ってるのか?」
「も、もちろんあたしの命令は最優先よ? でも、それ以外の部分はあんたの好きにしていいし、あたしもなるべく関わらないようにする」
きっぱりと断言するルーテシア。
その顔は冗談を言っているようには見えなくて。
不覚にも感心してしまった。
「お前……意外とまともなんだな」
「はあ?」
「もっとキレてわがまま放題に振る舞われると思ってた」
「な――人をなんだと思って」
「魔王だろ?」
「魔王、だけど」
「魔王ってもっと傍若無人に振る舞うもんなんじゃねえの?」
「そんなの……人間たちの勝手な思い込みじゃない。そうやって勝手なイメージを押しつけるからあたしは――」
「……?」
「…………なんでもない。決めつけて、がんじがらめにして、自由を奪うのはよくないって言いたかっただけ」
「まったくだな。勝手に契約して、自由を奪うなんてもってのほかだ」
「あのね……お母さまを倒して、あたしの自由を奪ったのはあんたなんだからね」
「いや、それは――」
「だ・か・ら。あたしが幸せな生活を取り戻すのは当たり前だし、そのためにあんたの自由が多少犠牲になるのも仕方のないことなの」
「……全力で自分に都合よくまとめてるよな」
「そんなことないわ」
つんとあごを上向かせたルーテシアは、この話はこれで終わりとばかりに颯爽と立ち上がり、
「早く教室まで案内しなさいよ」
ほんの少し前まで涙ぐんでいたことなど忘れたように、上から目線でせっついてきた。




