助けた姫は助けてくれない
「光祐、さま……」
椅子から立ち上がったアリスティア姫は、ふらふらとおぼつかない足取りでこちらに歩いてくると、
「光祐さまぁ!」
いきなり抱きついてきた。
「うお、ちょ……っ」
なすすべなく抱きとめるしかなかった俺は、ほのかな香水の匂いと制服ごしにもわかる胸の感触に「着やせするタイプ!?」と率直な感想を――ってここ教室!
「ちょ、ちょっと待ってください」
両手を突っ張って押しとどめると、アリスティア姫は美しい眉尻を下げて、悲しそうに声を震わせる。
「光祐さま……アリスとの再会を喜んでくださいませんの?」
「いえ、というか……」
「では喜んでくださいますのね――嬉しい!」
「くぉ、と、とりあえずここで抱きつくのは勘弁してください!」
「わかりました。それでは人のいないところへ」
「そういう問題でもなく!」
「ではどういう問題なのでしょう?」
不思議そうに首をかしげるアリスティア姫に、俺は突っ込みたくなるのをかろうじてこらえる。
どういうもなにも、あなたの突拍子もない行動のせいでクラスメイトたちからの視線がものすごいことになってるんですよ!
むしろ視線だけじゃなく、
「あいつ誰?」
「昨日はいなかったよな」
「なんで抱き合ってるの」
「さま付けで呼ばせてるとか」
「爆発しろ」
などという声がそこかしこから聞こえ……ちょっと待て最後のやつ言いすぎじゃね?
ともかく、アリスティア姫のせいでクラスメイトの好感度がえらい低く――
「ってそれも違う! そもそもなんであなたがここにいるんですか!?」
俺が異世界に喚ばれた原因にして、俺を異世界に喚べるようにした張本人。
魔王との戦いに終わりをもたらす勇者選定の巫女、『黄昏姫』アリスティア・ディ・パーラ。
中央大国ソーマリンドの第一皇女でありながら、本来魔族にしか使えないゲート解放能力を持つ彼女は、その力ゆえに全人類の希望として崇められ、魔王にさらわれた異世界『アスフィア』の最重要人物だ。
そんな超絶VIPがどうしてこんなところに。
「光祐さまを諦めきれなかったからです」
「……はあ?」
意味がわからない。
どうやら要領を得なかったのは俺だけじゃなかったらしく、耳をかたむけていたクラスメイトたちがざわつきだす。
「今のって」
「そういうことなのか?」
「まさか」
「あんなのに」
「嘘だと言って」
「アリスティアさんはあいつとどんな関係なの?」
誰かが口にした疑問。
その問いに、アリスティア姫はちらっと俺を見たあと、瞳を伏せて言った。
「元許嫁です」
「「「えええええ!?」」」
「一度光祐さまにフラれてしまったのですが、どうしても諦めることができなくて……。無理を言ってここまで追ってきてしまいました」
切なげに微笑む彼女を見て、クラスメイトたちがいっせいに俺をにらんでくる。
「い、いやいやそんなの俺も――」
知らない、とは言えなかった。
魔王を倒して城に戻ったとき。
『どうか姫の夫となって末長くこの世界に』
ソーマリンド王にそんなことを言われた気がする。
「こんなにかわいい子を? こいつが?」
「マジかよ」
「ありえねえ」
「最低」
「死ねばいいのに」
……容赦ねえなおい。
口々に罵ってくるクラスメイトたちに、俺はなにも言えない。
微妙に事実だというのもあるし、ちゃんと言い訳しようとすると異世界のことを話さなければいけなくなる。
アリスティア姫が撤回してくれればそれで丸く収まるんだけど……そう思ってもう一人の当事者を見ると。
「アリスは……きっと光祐さまを振り向かせてみせますから」
あ、終わった。
空気ガン無視、火に油の健気な笑顔を目にして、俺はクラスメイトとのあいだに決定的な亀裂が入ったことを確信した。




