最強チート勇者は普通の高校生になりたい
「見つけたわ……一ノ瀬《 いちのせ》 コウスケ」
高校入学初日。
人通りのない朝の通学路でいきなり名前を呼ばれて、俺は振りかえった。
澄んだ高い声は女の子のもの。
登校してすぐに女子から声をかけられるなんて運がいい――とは思えなかった。
低めの身長に、起伏の少なめな身体。
制服っぽいブレザーを着た彼女は、
なぜか頭に紙袋をかぶっていた。
……いやまあ、百歩ゆずって紙袋はよしとしよう。
人知を超えたできごとはわりとよく起きる。
男がスカートをはいてもオシャレで許される時代だ。
紙袋もオシャレなのかもしれない。
だから、問題はその下にあった。
少しさびしい胸、そのわりにはくびれた腰、そしてニーソックスに包まれた細い足……の上。
むきだしの生白い太ももに、長めのブラウスのすそがひらひらしているその場所には、本来あるべきものが見あたらない。
オシャレの名のもと、男でさえはくことがあるもの――そう、スカートだ。
ということは、つまるところ、ようするに、
はいてない。
「じ、じろじろ見ないでっ」
そう言って、少女は両手で顔を隠す。
え、そっち?
隠すのはそっちか?
と思ったものの、口には出さなかった。
会話をすれば、それだけで関係者。
正直関わりあいになりたくない。
きっと彼女は宗教の戒律かなにかでスカートの着用を禁じられているんだろう。
そうだ。
そうに違いない。
戒律なら仕方ないな。
信仰の自由は守らないと――
「ちょっと、なんで目をそらしながら先へ行こうとするのよ、ちゃんとあたしの顔を見なさい!」
「……」
「目もあわせられないの? この臆病者」
「…………」
「あたしの身元をあやしんでいるのなら言っておくわ。あたしはあんたの知りあいよ! 一度も会ったことはないけど」
「…………っ」
「たとえ会ったことがなくたって、見覚えがないとは言わせないわ――この顔に!」
「いやだから見覚え以前に見えねえし!!!」
顔も話も。
「……! し、しまった……確かに見えない」
「今気づいたのかよ……」
そして俺も今気づいた。
しっかり会話してしまっていることに。
ついでに彼女が動くたびにブラウスがゆれて、太もものあたりがすごくきわどいことにも気づいたけど、気づかなかったことにしておこう。
「うう……顔を見せなくちゃ気づいてもらえないし……でも顔は見せたくないし」
「あー、無理して見せなくていい。むしろ見せないでくれ。そうすれば忘れて――」
「忘れさせないっ!」
いきなり声をはねさせて、少女はひとさし指をこちらに突きつけてきた。
「忘れさせない……絶対に忘れさせないわ。あんたには責任をとってもらうんだから」
「責任……?」
「そのためなら……顔を見せるくらいは……うぅぅ――えいっ」
かけ声とともに、少女が紙袋をはぎとる。
そうして現れたのは、俺の想像をはるかに超えるものだった。
きらきら光る長い金髪に、ガラス細工のように繊細で整った顔。
紫紺色《 アメジスト》 の大きな瞳を細め、薄桃色の唇をへの字にした表情は不機嫌そうだったものの、とびきりの美少女。
それだけなら、よかったのに。
俺の視線はある一点に吸い寄せられる。
ちょこんと突き出た耳。
不自然にとがった耳。
「ど……どう、これでわかったでしょ、あたしが何者なのか」
わかったもなにも、こんな美少女に見覚えはない。
けれど、その特徴的な耳には見覚えがあった。
嫌というほど。
「今さら知らないふりをしようとしてもムダよ。魔王の娘をなめないほうがいいわ!」
「魔王の――娘」
猛烈に嫌な予感がした。
思わずこの場から……この世界から逃げだしたくなるほどに。
だが俺が走りだす前に、少女はびしっとこちらを指さし、決定的な言葉を言いはなった。
「絶対に逃がさないわ、一ノ瀬……いえ、勇者コウスケ!」
勇者コウスケ。
その言葉を残念ながら俺は笑い飛ばせなかった。
なぜなら――
本当のことだったから。