ソ
「こんなところにいたんだね。いつまでも帰ってこないから、心配したんだよ」
春香ちゃんの可愛らしいエピソードを、雪乃さんが夢中で話すものだから、俺も夢中で聞いてお互いに話し込んでしまっていた。
どうやらコノちゃんが迎えに来てくれたようである。どうしよう。
①無視 ②駈け寄る ③振り向く
ーここで③くらいを選んでおいてしまいますー
振り向けば、コノちゃんが息を切らしている。
本当に俺のことを心配してくれて、走り回ってくれたらしい。
時間は九時四十八分。あと十二分で部屋に戻らなければならないとは、いつの間にそんな時間が経っていたのか。
間違えなく、コノちゃんが来てくれなかったら、気付かずに話し続けていたことだろう。
「もう時間もありませんし、部屋に戻りましょう。雪乃さんだって、同じ部屋の人たちが心配して探しているかもしれませんよ」
なぜだか立ち上がろうとする気配すらない雪乃さんに、俺は時計を見せてそう言った。
けれど彼女はやはり動こうとしない。
今までの笑顔のなくなった、冷たい表情でどこかを見つめていた。
「どうせだれも心配していやしないわ。きっと私が別な部屋に泊まっていったって、気付きやしないのよ」
そう吐き捨てて、自嘲のような微笑みを浮かべて、今度はコノちゃんを睨んでいるように思える。
目が合うものを氷らせてしまいそうな、美しくも哀しい表情で。
「楽しそうに、ずっとこの美女と話してたのね。まあ、コノなんか比べものにならないくらい、とても綺麗な人だから、誘われたらホイホイ着いて行っちゃう気持ちもわかるわ」
対するコノちゃんは、まっすぐに俺の方だけを見ていた。どうしよう。
①言いわけ ②堂々と ③困惑
ーここは②を選択すると致しましょうー
雪乃さんと一緒にいたことを、コノちゃんは浮気と判断したのかもしれない。
俺だってそう思う気持ちがなかったわけでもないし、何も知らずにこの様子だけを見たなら、そう思ったとしても仕方がないことだろう。
しかし話していた内容は春香ちゃんを主とする、雪乃さんの妹と弟の話なのであって、疾しいところなど少しもない。
ならば言いわけをして、疑いを深めるようなことはせず、堂々としていれば良いさ。
自分はコノちゃんに悪いことなど少しもしておらず、後ろめたさすらも少しだってないと、言い切ることが出来るならば。
「この人は、あんたの彼女?」
「ええ、そうです。コノは彼の彼女ですけれど、どのような用件があって、彼を呼び出したのですか?」
彼女には珍しい威圧的な態度で、コノちゃんは雪乃さんを睨み返す。
「用件って、今度、家に来て頂戴って誘っただけよ」
二人とも堂々としていて、その間に挟まれた俺は、二人からなる圧力で潰されてしまいそうだった。
俺だって堂々としていようと思ったのに、この状況でそうあり続けることは厳しい。
「なっ! 家、家にって、なんという破廉恥な! 何を考えていらっしゃるのですか!」
表情を動かさず、雪乃さんを睨んでいたコノちゃんが、急に動揺し出したかと思えば、破廉恥とはどういう意味だろう。
雪乃さんの言葉の足らなさや、誤解の生みやすいところは知っているけれど、今のはコノちゃんの解釈の方がおかしいと思う。
ただ、彼女は家に来いと誘っただけ、それは間違えなく事実だ。
だからこそ雪乃さんも、なんでもなく言ったのだろうし。どうしよう。
①説明を足す ②流れを見守る ③二人を窘める
ーここは①を選びますー
どんどん話が拗れて行ってしまいそうだったので、とりあえず、雪乃さんの足りない言葉を足すことにした。
「雪乃さんの妹と知り合いでして、俺と一緒に遊びたいと言ってくれているようですから、雪乃さんはそれを俺に伝えてくれたのです。それで今度、家に行きますねと、そう言った話になっただけですので、コノちゃんが思っているようなことは何一つとしてないのです」
一生懸命説明をしたのだが、コノちゃんの視線を見て、失敗したと思った。
残さず真実をしっかりと語ったのだが、彼女の雰囲気に気圧されて、つい敬語で話してしまったのだ。
これじゃあ言いわけ染みているな……。
「どうしたら彼女の妹と知り合いになれるって言うの? ゲームセンターで声を掛けて、そうしたら年下だったとか?」
俺の説明が不満だったようで、心を刻むような鋭い視線で睨みながら、コノちゃんはそう訊ねてくる。
それだと、ゲームセンターでナンパをしたことになってしまうじゃないか。そのようなことが俺に出来ないとわかっていながら、なんという質問だろうか。
どうしたら知り合いになれるかと言われても、物凄い勢いで偶然だし。どうしよう。
①全て話す ②困る ③迷う
ーここで②を選んでしまうのですねー
何を話したら良いのかと、困り果ててしまう。
そんな俺を助けてくれたつもりなのか、代わりに雪乃さんが説明をしてくれる。
「同じ風呂に入っていたのよ。そうしたらぶつかっちゃってね、そのときの優しい対応以来、春香は懐いちゃって仕方がないの」
更に不味い誤解を招くような説明なのだから、出来ることなら、雪乃さんには黙っていてもらいたいくらいなんだけどね。
「そ、それのどこが破廉恥じゃないって? 同じお風呂に入っていたとは、どういうことなのです? というか、なぜぶつかるのです? なぜ? why?」
一つずつコノちゃんに説明をしていかなければならなそうだ。
彼女は動揺をしているどころか、処理し切れていない様子である。
「まず男湯と女湯に分かれているから、同じお風呂には入っていない。それと、コノちゃんは妹というのを中学生くらいに思っているようだけど、実際は小学生。彼女が走り回っていて、偶然そこにいた俺に、ぶつかってしまったというだけだよ。あと、ゲームセンターでナンパなんて絶対にしない。あんな怖ろしい場所には行けないし、ナンパをする勇気もないからね」
どんなに説明をしても、どんな言葉を並べたところで、状況の改善は見込めそうになかった。
睨み合っている雪乃さんとコノちゃんを、どうにか落ち着かせないと、話し合いも厳しそうだな。
その上、時間が遅いからとコノちゃんが探してくれているくらいなのだから、残された時間だって僅かである。
コノちゃんは部屋に戻ってからも説明出来るけれど、他の二人がいる前での説明だと更に拗れそうだし。
ただ雪乃さんに関しては、誤解も勘違いもしていないのだから、単にコノちゃんを敵視しているだけな気もするけれど。どうしよう。
①二人を仲良く ②二人と仲良く ③一人は諦めよう
ーここは①を選択致しますー
「しょ、小学生に手を」
「出してない!」
人を犯罪者みたいに言うものだから、コノちゃんの言葉を一瞬で否定する。
どれも本当のことだというのに、あまりコノちゃんに信じてもらえていないのが悲しい。
相変わらずコノちゃんは、雪乃さんを睨んだままだし、俺の方を向いたと思えば恐ろしいほどの無表情である。




