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俺は期待に応えなければいけない。彼女と同じだけ信じなければいけない。どうしよう。
①逃げる ②戦う ③守る
ーここは③を選択致しますー
守る力などなくても、守らなければいけないんだ。
もうこれ以上、彼女を傷付けたくないという思い、これは絶対に本心なのだから。
「話を続けるね。美術部の彼女は、コノの一つ上の先輩なの。だから、三年生になってからは、また自由に絵を描いて、楽しく部活が出来るかと思った。けれども彼女は大人しく去ってはくれなくて、ひどいものを残していったものだわ。最初から、コノに友だちなんていやしなかったけれど、部活の中で変な噂を流していったの。一割は真実だったけれど、そのほとんどは嘘の噂。でもおかしなもので、広がっていく噂というのは、広がる毎に信憑性を増していくの。そしていつの間にか、どれもが真実であると、認識されてしまっていた」
学校内で広がる噂なんて、そのほとんどが”だれとだれが付き合っているらしい”だとか”だれはだれが好きらしい”だとか、そんなようなものだ。
つまらない、他人の恋愛事情。
しかしそれに興味を示し、ネタにするような奴らは、どのような噂だって食い荒らしていく。
俺は噂の被害に遭ったことなどないし、人に視線を向けられたこと自体が無に等しいくらいだけれど、コノちゃんはそういうわけではないようだ。
ここでは具体例を出してこない。
それほどまでに、ひどい噂だったのだろうか。
彼女の方から何も言わないというのに、どんなものだったのか、なんて聞くことは出来なかった。
言わないということは、きっと口に出すことすら辛いようなものなのだろう。どうしよう。
①流す ②微笑む ③慰める
ーここは②を選びますー
どう声を掛けたら良いものかわからず、正解など存在しないと思ったから、俺はただ彼女に微笑みを向ける。
俺に出来るのは、話を聞いてあげることだけなのだから。
「部活はそう簡単に止められるものでもなかったし、代わりに別な部活に入れというのは、コノにとってもっと辛いことだった。部活への入部が、必須とされている中学校だったんだ。種類はさしてないから、運動をしたくないんなら、美術部か吹奏楽部か、選択肢はその程度かな。コノが考えていなかっただけで、もう少しあった気もするけれど、何にしても、やりたくないことを毎日やるんだったら、馬鹿にされたって、絵を描いていたいと思ったの」
本当に絵が好きなのだということが伝わる。
それなのにどうして、高校では美術部じゃないのだろう。こんなにも強い彼女を、何が美術部から遠ざけたのだろう。
話を聞くうちに、その疑問は解決どころか大きくなるけれど、急かすことは絶対にないように、俺は変わらない微笑みを浮かべ続けた。
「中学校を卒業するまで、美術部として最後までやりきった。そうして、高校ではもっと楽しく、絵を描くんだって思ったの。入部するつもりで美術部へ見学に行って、コノは見付けたんだ。彼女がどこの高校へ行ったかまでは知らなかったけれど、まさか、同じ高校へ来てしまうことになるとはね。こんなことなら、調べておけば良かったと思うけれど、まさか彼女本人に、どこの高校へ行くかなんて聞けなかったもの」
つまりコノちゃんの言っている”彼女”というのは、この学校の美術部に所属している、先輩たちのうちのだれかということか。
しかしあまりにも接点がない存在なので、一人として顔も名前も浮かんでこない。
「彼女は高校でも美術部だった。一年でどうだったかは知らないけれど、少なくとも、二年でも三年でも美術部に入部したようなの。毎年部活を変えられるっていうのに、中学からずーっと美術部だなんて、笑っちゃうわ。彼女さえいなければ、きっとコノもそうしていただろうけれどね」
諦めと嘲笑。彼女の顔から読み取れるのは、そんな感情であった。
その中には、悔しさも含まれているのかもしれない。
「中学でのことがあるから、さすがにもう、彼女と同じ部活に入る気にはなれなかった。美術部に入れないなら、部活なんて入らなくても良いと思った。そんなときに、茶道部の先輩が誘ってくれたの。誘われたことなんてなかったから、それだけで嬉しかったんだけれど、帰宅部で良いって断ったの。コノには無理だって、断ったの。どうせ人数が足りないだけ、だれだって構いやしないんだって、そう思ったから。でも先輩はね、コノを誘ってくれたの。他のだれでもない、コノを誘ってくれたんだよ。断っても、何度も、何度も……」
そこで深呼吸をすると、コノちゃんは明るい笑顔を浮かべる。
「茶道部に入って、お茶でも飲みながら絵を描かないか、って」
その先輩を心から尊敬しているようで、先程までとは一転して、コノちゃんの笑顔は本当に嬉しそうだった。どうしよう。
①微笑む ②笑う ③抱き締める
ーここは①のようですねー
茶道部で、絵を描かないかと誘うのは、どう考えてもおかしいだろう。
どういうことだと首を傾げていると、当然コノちゃんは説明を入れてくれる。
「これまでコノが話してきた、美術部の彼女はね、実は今の美術部部長のことなのよ。そしてコノを誘ってくれた茶道部の先輩の、クラスメートなんだ。これがまた嬉しい話なんだけど、彼女ったらさ、コノのことをまだ覚えていてくれたみたいなの。美術部見学へ行ったコノを見ると、にやりと笑っちゃって、彼女が卒業する際に嫌々書いたお祝いイラストを破り捨てたんだ。一年間持っていたなんて、どんだけだよね。その次の日に、帰宅部のつもりでまっすぐ帰ろうとしたコノを待ち伏せて、美術部においでよなんて言ったの。性格の悪さが露見することを恐れない、その態度を褒め称えたいくらいだったんだけど、コノはあえて無視。彼女は不機嫌になる。そこで助けてくれたのが茶道部の先輩、この子は茶道部に入るんだからなんて言って。ビックリしたけれど、本当に嬉しかったよ」
それって今は、茶道部で絵を描いているということなのだろうか。
美術部の先輩も、茶道部の先輩も、どんな人だか俺は全く知らない。
だけれどコノちゃんの話を聞く限り、同じクラスにありながらも、随分と異なる人なのだと感じる。
コノちゃんからしてみれば最悪な先輩でも、他の人には良い顔を見せているかもしれない。コノちゃんにとってはヒーローのような先輩でも、他の人には悪魔であるのかもしれない。
実際にその人を知らないからには、何を言うことも出来ないけれどね。どうしよう。
①会ってみる ②探してみる ③イメージで
ーここは③になるようですー
コノちゃんがそれほどまでに思う先輩が、どんな人であるのか、気になりはした。
どちらの先輩も、会って話をしてみようかと、考えないでもなかった。
しかし急に俺のような奴が話し掛けても、おかしな奴だと思われて終わりだろう。面識がない、女子、先輩、三拍子揃って会話不可能だ。
自分のコミュ障もわかっているから、コノちゃんの思うように、俺も思っていれば良いと思う。
実際の彼女の姿など、俺にとっては関係ない。
その彼女が、コノちゃんにどのような影響を与え、どう思われているかが大切なのだ。
「だから美術部には入っていないけど、部活で絵は描いているよ。問題なのは、先輩が卒業した後、茶道部の存続さえ危ぶまれるってところなんだけれど」
冗談じみた苦笑を浮かべる彼女からは、茶道部という選択に、自信を持っているのだということが伝わった。




