キ
コノちゃんが絵を描いている音。絵を描いているコノちゃんの姿。
集中して絵を描くその姿は、隣の俺なんて全く目に入っていないようで、神々しい存在かのように思えた。そうだ、住む世界が違うんだ、きっと。
だってそうとしか思えないじゃないか。
こんなにも綺麗なんだから……。どうしよう。
①抱き締める ②眺める ③目を逸らす
ーここでは②を選んでいますー
触れてはいけない、話し掛けてはいけない、コノちゃんは神聖なるもの。
しかし我々も、そのお姿を拝見することだけは、許されているのだ。ならばそのお心の広さに感謝をし、ごご厚意に甘えるしかないのであろう。
あぁ、コノちゃんとは、なんと慈悲に満ち、広いお心をお持ちなのだろうか。
宗教的な感覚で、そのようなことを思いながら、俺はコノちゃんの楽しそうな横顔を見つめていた。
「うっしゃあぁっ!」
突然の大声。
その声量にも驚いたものだが、それだけでなくて、更に驚くべきなのは、その声が俺の隣から聞こえてきたというところである。
そう。大声を上げたのは、コノちゃんだったのだ。どうしよう。
①心配する ②理由を尋ねる ③軽蔑する
ーここで①になってしまうんですねー
一体、彼女はどうしたというのだろうか。
これほど大きな声を出している彼女を知らない。
悲鳴のようなものではなかったのだから、むしろどちらかといえば喜びの声に近いように聞こえたから、なんら問題があるわけではないと思うのだが、心配になってしまう。
だって普段は、小声で引っ込み思案で大人しくて、そんなところが可愛い。
いやでもコノちゃんがもしおしゃべりだったら、と考えてみると、それはそれで可愛くて良いような気がして。どんなコノちゃんも可愛いんだよね。
って、そういった話ではなくて、だれであっても、普段と異なる様子には、心配してしまうよねってこと。
「そんな顔しないでよ。なんだか、コノが悪いことしたみたいじゃないの。それよりさ、見てよ見てよ、上手く描けたと思わない?」
心配はいらないと、素敵な笑顔を見せてくれた後、コノちゃんはスケッチブックを渡してくれた。
もちろん、先程までコノちゃんが絵を描いていたものである。
窓から見える景色が、そこに写真のようなクオリティーで描かれていた。色鉛筆で描いた跡があるから、辛うじて絵だとわかりはするものの、そうでなければ完全に写真である。
絵が上手なんだな。着いてすぐに描き始めたところを見ると、上手なだけじゃなくて、絵が好きでもあるようだし。
けれどコノちゃんは、美術部じゃないよね? これだけ上手で、絵が好きならば、美術部に入れば良いのに、何か理由でもあるのだろうか。
あまりに絵が上手だったものだから、プロだから部活では絵を描けない、だなんて想像してしまうほどだ。どうしよう。
①本人に聞く ②噂を集める ③気にしない
ーここも①を選択しますよー
たださすがに、プロの画家だとか、そういったことではないだろう。ない、……よね?
もしそうなんだとしたらば、俺に教えてくれたって良いはずだし。
話す機会がなかったから話さなかった。そう片付けられたら、冷たいし、悲しいし、コノちゃんと俺の関係はそうじゃないと信じているから。信じたいから。
だから俺は、気になったことは確認する条約に基づいて、コノちゃんに質問してみることにした。
「すごく上手だね。コノちゃん、どうして美術部じゃないの?」
「ありがとっ。……って、え? 美術部じゃない理由? まあ、別に話しても良いけど」
褒めた時点では、嬉しそうな笑顔を返してくれたコノちゃんだけど、部活についてのところでは、少し嫌そうな顔をした。
話したくないような話ならば、強要はしないのだけれど、それだとますます気になるという思いもある。
「コノに友だちがいないことは、アナタもよく知っているでしょ? 最も大きな原因となっているのは、コノの人間性なんだけど、きっかけとなったのは他にあるんだ」
無理に話さなくても良い。そう言おうと思ったときには、コノちゃんは、説明を始めていた。
話したいとは思わないけれど、そこまで話したくないと思うほどでもなかったのだろうか。
しかしそのこと自体が、無理をしているとしたら? どうしよう。
①止める ②無理しないで ③もっと聞かせろ
ーここは②を選ぶそうですよー
コノちゃんのことは、少しでも知りたいと思う。
彼女自身が嫌に思っていることだって、俺の知らない彼女を、俺は知りたいと思うんだ。
だからコノちゃんが苦しくないのなら、そのまま彼女の話を聞いていたい。
「嫌な話なら大丈夫だから、無理しないでね。俺だって、コノちゃんが話したくないと思っていることを、掘り出してまで聞きたくはないからさ」
わざわざこういったことを口に出すのは、優しいふり、自己満足に近いものかもしれない。
だってコノちゃんに優しいと思われたい、その気持ちは確かにあるのだから。コノちゃんに優しい俺を、俺が信じていたいという想いだってあるのだから。
彼女の嫌がっていることをしたくない。その思いは間違えようもなく本物だけれど、優しさの押し付けは優しさではない。こんな言い方をしてしまったら、コノちゃんは話したくないと、拒否しづらくなってしまったのではないか。
自分で不安になってしまったけれど、どうやら彼女は無理をしているわけではないらしい。
「別に、今更なんとも思っていないから、気にしなくて良いよ。思い出したくないくらい、辛かった頃の話が、美術部に入らない理由になっているんだけど、今が辛いわけではないからね。むしろ今は、アナタがいてくれて、幸せなくらいだもの。だから、幸せを与えてくれる人に、今よりもっと暗い、過去のコノのことも見せてあげないとね」
言っている内容は暗いものであるが、彼女の言い方は極めて明るかった。
それは作られたというわけでなく、今更なんとも思っていない、その言葉が嘘ではないことを教えてくれる。どうしよう。
①黙って聞く ②ふざけながら聞く ③聞かない
ーここはもちろん①を選ばせて頂きますー
彼女がそう言うのなら、そう思えているうちに、聞いておくとしようか。
もしまた、彼女がその過去に苦しむようなとき、何も知らない俺じゃ励ますことすら出来ない。そのときになってから、事情を聞くようでは、もっと彼女は傷付くことになってしまうだろうし。
どんな彼女のことも知らないと、いつも彼女の傍に寄り添うことは出来ない。彼女を励まして、支え合うことなんて出来ない。
だから、だから……、彼女の笑顔を信じよう。




