く
「やはり、そうですかぁ。ちなみにどのようなゲームをプレイなさるのですかぁ? こう見えてミーも、ゲームとか詳しいんですよぉ。マニアックなの仰られても全然結構ですぅ」
まさかここまでゲームの話題が繋がるとは思っていなかった。
へえ、ゲームが好きなんだ。やっぱりね。
くらいで終わると思っていたのに、大誤算である。どうしよう。
①正直に ②嘘を ③設定を
ーここは①を選びましょうー
しかしどうせ、こうは言っても伝わらないだろう。
天沢さんのような方がプレイすることなどなく、なおかつ、タイトルの響きとしては綺麗な作品を選ぶべきだろう。
タイトルからして趣味がバレてしまうのは、完全にNGである。
堂本さんが恥じらってしまったようにさ。
それだったら、何を言えばいいんだろうか。
あのゲームは好きなのだけれど、タイトルだけを聞いたら、本当に変態だと思われてしまうだろう。堂本さんはあのゲームの素晴らしさを知っているから、何も思わなかっただけであろう。
それにしても、学校でタイトルを口にすることは躊躇われる。
だから、キャラ名は出しても、ゲームのタイトルだけは口にしないようにするのだから。
「今宵は月が綺麗ですね」
どれがいいかと考えていたところ、俺は適切なものを発見してしまった。
どんな本もアニメもゲームも基本的に大好きな雑食野朗の俺だが、その中でも、このゲームは特別大好きなのである。
その上、タイトルとしても普通に綺麗系ではなかろうか。
これだったら少なくとも、軽蔑されたりはしないだろう。
「本当ですかっ?!」
タイトルだけを口にするという、わかりづらいことをした俺に対し、身を乗り出して天沢さんは聞き返してきた。
思っていた反応と異なっていて、俺はひどく戸惑ってしまう。
また、天沢さんの方も、なんだか興奮を隠せない様子であった。どうしよう。
①心配 ②訂正 ③本当なんです
ーこれは③に決まっていましょうー
いきなり月が綺麗などと言い出した俺を、どう思うだろうか。言った直後には、その心配もした。
ゲームのタイトル自体は素敵だが、もっと丁寧に、それがゲームのタイトルであるとわかるように、説明を含めて言うべきだったと反省した。
変な人だと思われはしなかったか。そうも思ったんだ。
だけど、天沢さんの反応は、俺の思っていたものとあまりに違っていた。
「実は私も大好きなんです。特にほたくんが大好きで、愛しくて愛しくて、愛しさのあまりこの体が張り裂けそうなくらい愛しいんです」
「本当ですかっ?!」
今度は俺が、天沢さんの言葉に聞き返してしまった。
ほたくんというのは、そのゲームのキャラクターの愛称である。
実はそのゲーム、乙女ゲーなんだけど、そこに出てくるキャラクターなの。メインキャラには入れないんだけど、本当にかっこよくて、もう一目見た時から心を奪われちゃっていたりする。
俺はちゃんと女が好きだけど、ほたくんだけは別だと思う。
でもまさか、天沢さんが知っているとは思わなかった。それに、推しが同じだなんて。
これは運命としか言いようがないのではなかろうか。どうしよう。
①興奮 ②歓喜 ③逃亡
ーここは②くらいにしておきますかー
もう喜びで全身が満たされた。
「俺も、俺もほたくんが大好きなんです」
「彼のあの蔑んだ眼差し、最高ですよね。私、二次元へ行くことが出来るのなら、一度でもいいからほたくんのあの足を舐めたいんです」
「激しく同意します! あの美しい足に踏まれて、ぐちゃぐちゃにされてみたいですよね」
周りの視線など気にせず、俺たちは語り合っていた。
定食屋を出て、商店街を適当に歩きながらも、二人でほたくんへの愛を中心にゲーム対する愛を語り合っていた。
日が傾き始める。
「つい、語っちゃいましたね。本当に嬉しかったものですから、私も恥ずかしいくらい熱くなっちゃいましたよ。なんかほたくんを君がほたくんを愛していることを知ったら、お願いのことは撤回したくなりました。そのことについては、お忘れ頂いて結構です。それでは、今日はそろそろ帰るとしましょうか」
微笑みながら、天沢さんはそう言う。
照れたように指先で掻く頬には、ほんのり紅が差しているようだったが、夕焼けのオレンジでそれが彼女からの色なのかもわからなかった。
それといつの間にか、彼女の口調がおっとりしたものでなくなっていたことに、帰り際今更ながら気が付く。
彼女との距離が、かなり近付いている証拠であるように思えた。どうしよう。
①あともう一押し ②今日はこれくらいで ③彼女は諦める
ーここも②を選びましょうー
絶世の美女と時間をともに出来て、タダ飯食ってほたくん愛を語って、今日は最高だったといえるだろう。もちろん、堂本さんと過ごしたあの時間も含めて、だけどね。
この調子だったら、高校二年生は最高の青春を過ごせるのではないだろうか。
無意識のうちに、俺は期待してしまっていたらしい。
そんな自分がおかしくて、少し笑いながらも、八百屋赤羽へと向かう。
こんどこそ野菜を買っていかないと。
そう思って野菜を眺めながらも、こうして八百屋赤羽で野菜を眺めていたことが、彼女との出会いのきっかけだったんだな。と昔のことのように思いながら、また笑みを浮かべる。
おっちゃんが何か話し掛けているように思えたけれど、全く気にならなかった。
そして普通に新鮮そうな野菜を仕入れると、予想以上に重くなってしまったそれを担ぎ上げ、家へと一人歩き始めた。
天沢さんとの出会いが運命だったら、きっともう一度会えるよね……。