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「山内さんには、アニメを愛する才能があります」
俺がそう言って彼の手を取ると、どう対応したら良いかわからないようで、あからさまに困ったような顔をする。
「そうだ。修学旅行にて、山内さんを貶めてやろうよ。この機会に、コノとアナタはリア充へと進化し、山内さんはヲタクへと下落するの。良い考えじゃないかな」
コノちゃんは独特の表現をしたけれど、彼女も俺と同じ考えなのだろう。
アニメを見ないのに話を合わせられたからこそ、彼に才能を感じ、アニオタ仲間へ引き摺り込もうと考えた。
うむ、良い考えだ。
「ものすごく迷惑なことを企てていらっしゃるご様子ですが、良いでしょう。お二人が自分を貶めてやろうと言うのならば、それが出来るだけの力を、自分に見せ付けて下さい。明日、期待していますよ」
本当にアニメを見ないのだろうか? というくらい、完璧なセリフを残して、山内さんは去っていった。
わざわざ去ることもないと思っていると、演出で離れていったわけではなくて、その後すぐに予鈴が鳴り響いた。
時間まで計算してセリフを放ったというのなら、山内さんは相当の強敵だな。どうしよう。
①アニオタにしてやる ②アニマーにしてやる ③別に
ーここだって②以外に選択肢はないようなものですー
俺とコノちゃんの実力を、甘く見てもらっちゃあ困る。
全力で山内さんを一流アニマーに仕立て上げてやるんだから。
「頑張ろうね」
「うん、頑張ろう。最強とも呼ばれたコノの腕を、山内さんにもアナタにも見せてあげるよ」
お互いに笑みを交わし合って、その日の午後は俺もコノちゃんも技を究めるために別々で過ごす。
リア充寄りになり浮かれていたせいで、学校でプレイすることが減っていたゲーム。家でしか読まなくなっていた本。
少しでも時間を無駄にしないために、一応は鞄の中に入っているのだが、放置されがちだった。
コノちゃんと運命の出会いを果たしたところから、今年度は始まっている。
そのせいだろうか、去年に比べると、今年は本を開く回数がかなり少ない。
いくら強がっても、二次元の彼女よりも三次元の彼女と一緒にいた方が、幸せな気持ちになれるし、何よりずっと堂々としていられる。
ゲーム好きアニメ好き、それを恥じるわけではないが、どうしてもそう感じてしまうのだ。
とはいえゲーム好きの血は流れ続けているわけだから、プレイ頻度が減ることに危機感を覚え、限界を訴えていたのかもしれない。
そう言わんばかりに、明日に迫る修学旅行のことなど、どうでも良く思えてしまうくらいに、帰ってからもその日はゲームに耽った。
恋人がコノちゃんのように理解ある人じゃなかったら、怒られてもおかしくないくらいにね。
そして翌日、見事に寝坊してみせたのだ。
急げば間に合わないこともないが、かなりギリギリとなってしまうことだろう。どうしよう。
①急ぐ ②諦めてゆっくり行く ③諦めて行かない
ーここは①を選んで下さいー
ちゃんと目覚ましをセットしたはずなのに。
いつもより少し早いくらいに寝たのだから、いつもより少し早いくらいだって、起きれたはずなのに。
なんで、なんでなのだろう。
目覚ましが鳴らなかった? 時計が間違っている?
しかし原因や理由を考えるよりも、今は急ぐことが一番だった。
さすがの俺だって、用意くらいは前々日に終わっている。前日や当日では、何があるかわからないからね。
もしかしたら、前日はゲームに夢中で用意の時間がなくなってしまうかもしれない。
もしかしたら、当日は寝坊してしまい用意の時間なんてないかもしれない。
そういったことがありえるのだから、真面目な俺はきちんと前々日にね。
とはいえ、用意をしてあるのは当然といえば当然のことで、それよりも問題なのが寝坊の件なのである。
家を出る予定だった時間に目を覚ますという、かなり絶望的な状態。
潔く朝食は諦め、後で直せば良いからと、驚くほどの適当具合で着替えを終える。
そして忘れ物がないことを確かめ荷物を背負うと、猛ダッシュで家を飛び出た。
戸締りもしてある。鍵もちゃんと閉めた。時間は予定より十分遅れた程度で、集合時間には間に合う。
大丈夫。大丈夫。
俺みたいな奴が、クラスの中心となる生徒たちに迷惑を掛けたら、間違えなく殺されてしまう。
大丈夫と言い聞かせるけれど、寝坊という予想外は、俺にひどく不安を与えるのであった。
これから始まる修学旅行中にも、予想外なハプニングが起こってしまうかもしれない。
たった二十分の寝坊、たった十分の遅れ。念には念を入れて、集合時間よりも三十分は早く着くように計算してあるから、絶対に大丈夫なはずなのだ。
遅れるはずはないのだ。
「おはようございます。一番最後ですよ。早く来るかと思いましたから、少し意外ですね」
到着すると、挨拶とともに山内さんにそう告げられた。
間に合いはしたようだが、申しわけない思いでいっぱいである。どうしよう。
①謝る ②誤る ③挨拶だけ返す
ーここも①を選びますー
他が全員揃っているようにも見えないのだが、遅くなってしまったことは確かだ。
「ごめんなさい」
明らかに俺が悪かったので、みんなにも嫌な想いで、修学旅行の幕を開けさせてしまうかと思ったが、誠意を込めて謝る。
するとそこに、コノちゃんの可愛らしい笑い声。
「謝ることなんてないから、頭を上げて。山内さんも、少し言い方が悪かったんじゃないですか? 誤解をさせてしまっているようですよ」
そう言った後、時計を見るよう促されたので、時間を確認する。
集合時間の十分前。
多くの人が集合しているけれど、揃っているようには見えない。そして、時間にはきちんと間に合っている。
遅くなったとは思うから、謝りはしたけれど、誤解とは一体なんのことだろう。
「他の班は揃ってなどないよ。偶然、この班がみんな早かったって、ただそれだけだから、気にしなくて大丈夫。ね、修学旅行を楽しもうよ」
一番最後というのは、班の中で最後ということだったのか。
コノちゃんに説明を受けて納得しているうちに、山内さんは、班員が揃ったことを先生に報告しに行っているらしい。
仕事の早さに感心する。それと、いつも以上のコノちゃんの優しさ、怖いんだけどどうしたら良い?




