ぼ
そんな俺に、ときは味方してくれた。
またからかわれそうになっていたところを、チャイムの音が打ち消してくれたのだ。
「もう全てまとめ終わっていますので、先生のところに提出しに行ってきます。自分が勝手に予定まで書いてしまいましたが、嫌でしたら全然、変更して頂いて結構ですので」
全て? 俺たちが遊んでいる間に、山内さんは全てを書いておいてくれたというのか。
予定までとは、もしかして観光地とかに詳しかったりする人? どうしよう。
①お礼 ②謝罪 ③尊敬
ーここは普通に①を選んで下さいー
「「「ありがとうございます!」」」
三人の声が完全に重なった。
「いえ、本当に適当ですので。予定に関しては、それぞれ調べてきて下さいね? 提出用に書いたようなものですから、実際には別の動きをしたいでしょうし」
この人、作文がすぐに書けるタイプの人だ。
適当なことを速攻で書くことが、本当に得意分野なのだろうね。
「ではさようなら。自分はもう席に戻りますよ」
微笑みを残し、山内さんは去っていった。
プリントを持っていくことも忘れない。
イケメンかよ。美味しいところを全て持っていきやがって! 横取りじゃないだけに、文句も言えないじゃないか。
まさか山内さんがこんなにも紳士的な人だとは思わなかった。どうしよう。
①惚れた ②尊敬する ③憧れる
ーここは③なのだそうですー
なんだか、そういった人って憧れるよね……。
ハイテンションで盛り上げ上手。人を良い気分にさせるような、口の上手い人というのも、憧れを持たないでもない。そのコミュニケーション能力を、少しでも分けてもらえたら、そう思うものだ。
しかし山内さんのそれは違う。
コミュ力とか、そういうことじゃない。
盛り上げるのが上手なのではなくて、ただ紳士的なのだろう。
陰で努力するタイプ? 通称お母さんタイプだ。
接していく上では、一番近くにいてほしいタイプでもあるかもしれない。
「そういやさ、あたしの愛称はどうなってんだ? クリスはマツリちゃんと呼んでくれるけども、それとは別に、ファンのための愛称とかほしいだろ」
山内さんも去ってしまったことだし、堂本さんと会話でもしようかと思っていると、その前に花空さんに声を掛けられた。
彼女も席に戻ったものだと思っていたので、軽く驚いてしまう。どうしよう。
①無視 ②驚愕 ③返事
ーここも③を選びますー
そういえばそんなことを話していたような気もする。
堂本さんのあだ名と、花空さんの愛称。
最初の提案の時点では、その二つを決めようってことだったもんね。
「はいっ」
驚いて聞き返したわけなのだが、花空さんはそれを肯定の意味に取ってしまったらしい。
上機嫌のこちらを見ている。
「あっでも、花空祭って、可愛い名前ですよね。本名かどうかが疑わしく思えるくらいです」
そう言われてみれば、そんなような気がしないでもない。
「だろ? 可愛いだろ?」
花空さんも、褒められたのが余程嬉しいのか、飛び回っているので、これに関しては俺も頷いてあげる。
本当に嬉しそうにしているなぁ。
素直な人なんだろうね。どうしよう。
①可愛い ②可愛い名前 ③君が可愛い
ーここは①を選べますー
遠慮を感じられなくて、少し面倒に思えてしまうところもある。
だけれど、こういった素直なところを見せられてしまうと、どうしても憎めないタイプだよね。
「可愛いなぁ」
これこそ付き合って早々の浮気宣言だと思い、撤回しようとしたのだが、花空さんは本当に嬉しそうに笑っている。
そんな表情を向けられたら、なんとも言えなくなるじゃないか。
堂本さんも気にしている様子はないから、この場は流しておこうか。
二人とも楽しそうにしているのだから、他に何があるんだって話だもんね。
「元から可愛い名前なのですから、愛称など必要ないのではありませんか。花空さんと、そのままで良いではありませんか」
楽しそうだなぁ、うんうん、良いことだ。
なんて俺が思っていたところに、堂本さんのそんな言葉があった。
彼女が急に花空さんの名前を褒めたのには、そういう意味があったのか。
愛称で呼ぶと傍から見てもそうだし、本人としても抵抗があったのだろう。だから、なんとかして、彼女の気を逸らさせようとした。
彼女の気分を変えさせようとした、と。
策士だな、堂本さん。どうしよう。
①そのままで ②少し崩して ③愛称を
ーここは②を選んでしまうのだそうですー
このまま彼女に任せておけば、花空さんの呼び名を変える必要もなくなりそうだね。
「あんがと。そう言われて嬉しいや。けど、あたしはやっぱ愛称で呼んでもらいたいな。あたしの名前を残しつつ、ってことなら文句ねぇだろ?」
必要なくなりそうになかった。無理だったらしい。
花空さんは本当に喜んでいて、堂本さんの策など気付いていない様子だけれど、無意識のうちに彼女の策略を破った。
あぁ、堂本さんも無意識だった説? それはないよ。
彼女は絶対に計算をして、愛称で呼ぶという道を避けようとしていた。
その証拠として、俯いて考え始めてしまっている。
「えっと、花空さんは、名字にさん付けだと、距離を感じるという話でしたよね? それでしたら、祭さん、くらいでいかがでしょう?」
呼び方を変えるというのは絶対で、それを免れることは出来そうになかったので、俺は妥協案を提案してみる。
諦めに沈む堂本さんも、それならと頷いている。
でもそんなに凹むほど嫌かな?
そりゃ確かに、恥ずかしさとかは感じるけども。




