ぶ
距離を感じるって言われても、だって他になんと呼べと?
まさか本当に木葉ちゃんだとか、そんなことを考えているんじゃないだろうか。そんなのは、恥ずかしいからなしである。
でも……、でもそんな言い方をされたら、断ることも出来ないじゃないか。
木葉ちゃんに寂しそうな顔をさせるなんて、そんなのってズルい。どうしよう。
①考える ②考えて ③嫌だ
ーここは②にしますー
恥ずかしいから無理なんだけど、堂本さんが望んでいるのなら、それを叶えてあげたいとも思う。
彼女自身の希望だったら、斬り捨てることなんて出来ないだろう?
「じゃ、じゃあ、考えて下さいよ。堂本さんは、どう呼んで欲しいのですか? 俺にどう呼ばれたいのですか?」
俺がそう言うと、堂本さんは少し顔を赤くして、何かを考えている様子でいた。
そしてそのまま数秒。
「ご主人様なんていかがでしょうっ!」
何か良い案を思い浮かんだかのように、閃きに満ちた表情で、立ち上がってまで彼女はそう叫んだ。
声量からさすがのリア充共も気が付いたようで、一瞬ではあるけれどこちらに視線を向けてきた。
当の彼女は、それすらも全く気にしていないように見える。
最高の答えが思い付いたことを、疑ってもいないんじゃないかと思われる。どうしよう。
①了解 ②喜ぶ ③却下
ーこれは③ですよー
ドヤ顔されてもそれはない。
間違っても、ご主人様と呼ぶことは絶対にないだろう。
恥ずかしいけれど彼女が望むなら、と考えていたのは、呼び捨てとかちゃん付けとかその辺りだ。バカップルっぽさは否めないけれど、百歩譲ったとしても、名前ににゃんとかたんとかりんとか、そういうのを付けるくらい。
少なくとも、その中にご主人様は入っていない。
「真面目に考えないのなら、そのままで良いということですよね? なら無理に変えはせず、堂本さんのままにしますけど……」
「あぁあっ! ちょっと待って、ちょっと待って下さいよぉ。真面目に考えていたんです。その上での答えなんです。どうしても嫌なら考え直しますから、もう一度だけコノにチャンスを下さいませんか?」
ふざけていて、の方がまだましだ。
真面目に考えた上での答えがそれなのだとしたら、何度考え直しても同じということだ。どうしよう。
①一度だけ ②却下 ③了承
ーここでも③を選びたいと思いますー
その手の答えがいくつ出るのか、真面なのが出るまで聞いてみようかな。
「わかりました。今度はきちんとしたものを宜しくお願いしますよ?」
面白いから俺がそう言うと、堂本さんは大きく頷き考え込み始めた。
これはネタを考えている風ではなく、本当に自分の望みを考えている風である。
ま、ご主人様というのも、本当に彼女の望みには違いなかったんだろうけれどね。
「ご主人様が最もきちんとした答えだと思うんですけど。それを超えるとなると、女王様とかですか? もしかして、お嬢様ではなくコノがご主人様と言ってしまったので、そのところを気にしていらっしゃったのでしょうか」
そうじゃないんだよね。
今すぐにでもツッコミを入れて、正したかったところだけれど、堂本さんが結論を出すのを黙って待つ。
「何を言ってんだ? 恋人だってんだから、木葉ちゃんとか木葉とか、そういうことに決まってんだろうよ」
悩んでいても答えが出なそうだった堂本さんに、花空さんが助け舟を出す。
その答えがあまりに模範解答で、俺は面白くないなんて思ってしまっていたんだけどね。
面白くないって、実際に呼ぶんだったら、面白さは恥ずかしいだけだから避けて欲しいくせに。
あぁでも、花空さんがこんなに普通に見えたのは、今が初めてかもしれない。どうしよう。
①却下 ②堂本さんの意見を ③決定
ーここは②を選ぶとしましょうー
しかし花空さんの意見を、俺は受け入れるわけにいかないのだ。
それを採用しないのはもちろんのこと、却下することもない。
花空さんの意見であって、堂本さんの意見ではない。だが、堂本さんの意見にならないとも限らないからだ。
その意見を堂本さんが気に入ったのなら、それは堂本さんの意見にも変わるだろう?
「俺は堂本さんの意見を聞いているのです。さて、どうなさいますか? 特にないのなら、そう答えて頂いても宜しいのですが」
急かすような脅すような俺の言葉に、堂本さんは慌てて答えたようだ。
アレンジの仕方を間違えているところが実に彼女らしい。
「それではっ、コノハンなんていかがでしょう?」
花空さんの言葉から方向性を理解したようだが、あともう少し、ちょっと惜しかったんだよね。
名前に”ん”を付けるというアイディアは悪くないのだが、それは木葉という名前に合っていないんじゃないかと考える。
雪乃さんだったら、ゆきのんというように、とても可愛い雰囲気が生まれる。
残念ながら、コノハンはないだろう。
「コノハリン、とかは?」
俺の表情を見て間違えを悟ったのか、別の意見を彼女は出してきた。
コノハンよりはましだが、そう変わらない。どうしよう。
①採用 ②却下 ③悩む
ーこれも②になりますー
堂本さんに意見を求めていたら、永遠に呼びやすい答えは出なそうだけれど、彼女がギブアップするまで続けるのも良い。
それで諦めたら、花空さんか山内さんかの意見から決めようかな。
二人はもう少し普通の意見を出してくれるだろうし。




