ぞ
ド変態だけれど、清純な香りがするんだ。
直接そう言ったら天沢さんは怒るだろうか。彼女なら、喜ぶかもしれないな……。
何にしても、彼女のことが本当に、俺は好きになってしまっているんだろう。
どれくらいなんて表すことも出来ないほどに。どうしよう。
①告白 ②逃亡 ③帰宅
ーここで③を選んでしまうのだそうですー
もう、ここにいることすら、耐えられないほどに……。
「時間も時間ですわ。そこのお方も帰られたいご様子ですし、何も買うものがないのなら、帰っては頂けないかしら? 店の空気を悪くしないで下さいませ。美海さんのオーラに、野菜たちも苦しんでおりますわ」
そろそろ帰っても良いですか? なんとかタイミングを見てそう言おうとしていたところでの、琴音さんの言葉であった。
さすがと、そう称えるべきなのだろうか。
俺の心の中を本当に読んだのだろうか。
そんなわけはないのだが、琴音さんの言葉には、そう思わざるはいられなかった。
ただ単に、俺がわかりやすくて、顔に全て出ていたって、それだけなのだろう。だけれど、観察力や気の遣い方を、琴音さんは特技ともいえるほどに極めているのだと。
そのことは伝わってきた。
きっと彼女の人気は、外見だけでなくてそんなところからも来ているのだろう。
天沢さんは完璧だ。
どこを見ても、欠点らしきところなんて見当たらない。
学校での振る舞いを見る機会はほとんどないのだけれど、彼女と出会ってから、少しずつ学校での彼女の姿も見るようになった。
完璧をそのまま形にした感じだ。
完璧の擬人化キャラ、パーフェクトくんがいたなら、天沢さんと重なったことだろう。
「帰りたいのですか?」
こうしてわざわざ問い掛けてくる。寂しがりやなところは、彼女の欠点なのだろうか。
まさか、そんなはずがあろうか。
パーフェクトくんが寂しがりやだったら、だれしもギャップ萌えにやられると俺は思う。
帰りたいのかと問えば、俺がそんなことないと答えると思っての問いなのかもしれないが。
本当に俺と一緒にいたいと思ってくれている、という上での仮定なんだけどね。
だけど俺のことが好きなら、俺の優しさに縋ってでも、甘えたい……一緒にいたいと思うものだろう。
そんなものは自意識過剰乙な、残念系妄想でしかない考えだろうけれどね。どうしよう。
①帰りたくない ②帰りたい ③一緒にいたい
ーここは②を選ぶようですー
彼女はただ、俺の反応を見て楽しんでいるだけかもしれない。
だとしたら俺は、対応力を持っていない俺は、早々に退却しておくことが正しい選択といえるだろう。
「お二人と過ごす時間は永遠に続いてほしいものですが、時間は残酷にも過ぎていきます。残念ではありますが、そろそろ帰らなければいけないのです」
もうちょっと国語の勉強をしておくんだった。
言葉にしていってしまった後、俺は途轍もない後悔の念に襲われた。
一生懸命丁寧な言葉を選ぼうとした結果、痛いポエムのようになってしまった。
ゲームのやりすぎ、というのだろうか。
ラノベばかりでなく、文学作品もたまには読まないといけないなぁ。
「そういうことですから、さようなら、美海さん。わたくしも応援して差し上げましょうかしら。それとも、恋のライバルにでもなって差し上げましょうかしら」
怪しい笑みを浮かべて、琴音さんは手を振る。
その姿はあまりに優雅で、見惚れてしまいそうになった。
しかし帰らなければいけないのだと口にしたばかりじゃないか。そう、帰らなければいけない時間なのだ。
だからここで琴音さんに見惚れているわけにはいかない。
それだと完全に、琴音さんと過ごす時間はあっても、天沢さんと過ごす時間はないのだと。そう言っていることになってしまうからだ。
帰らなければいけない。どうしよう。
①琴音さん ②天沢さん ③帰る
ーここは③です、もちろんねー
もしかしたら、ここでの選択は、学校に入学した時点で、選択しておくべきものだったのかもしれない。
多くの生徒がもう既に結論を出したのだろうが、友だちがいないせいで、俺はその選択肢を与えられることすらなかったのだろう。
赤羽琴音派か、天沢美海派か。
どちらも好きなんて答えは用意されていない。
この学校にいる限りは、どちらかの宗派に最初からつかなければいかなかったのだ。
今の俺が立っている状況は、琴音さんと天沢さんのどちらを選ぶかじゃない。
俺が特別になって、用意された選択肢なんかでは、全くない。
全員が選んでいるはずのものだったのだろう。
そうなのだとしたら、ゆっくり迷うためにも一人でいるのが良いのだろうか。
最終的にどうなるのだとしても、今は帰るのが一番なのだ。
だってもう、帰るんだと言ってしまったのだから。
”恋のライバルにでもなって差し上げましょうかしら”
頭の中で、琴音さんの声が木霊しても、今の俺には大人しく帰宅することしか出来ないのだ。
それに彼女の楽しそうな、怪しい笑みを見たはずである。あれは、俺と天沢さんに仕掛けた罠なのだろう。
彼女は遊んでいるだけ。そうに、決まっている……。
天沢さんと琴音さんが俺のことを取り合ってくれたら、なんて、思わないわけではないんだけどね。
叶うはずのない。大き過ぎる願いだからこそ、反対に願いやすいというものだよ。




