を
本気になってしまいそうじゃないか。どうしよう。
①行こう ②行かない ③帰る
ーここで③を選べるのですー
天沢さんは、自分の美しさをわかっていない。
本当に美しい人に誘惑をされてしまうと、男は耐えられなくなってしまうものだ。我慢なんて、吹っ飛んでしまうかもしれない。
ネタのつもりで言っているんだろうけれど、ネタとして捉えられない。
だって美人がホテルに誘ってきたら、嫌でも期待してしまうじゃないか。
「ああ、待って、行かないで下さい。ごめんなさい、私が悪かったから、待って待って、待って下さい」
どう答えたものかわからないから、俺は無言でその場を立ち去ろうとした。
すると天沢さんは、慌てて俺のことを止めてくれる。
実際に「帰る」と口にするわけではなく、何も言わずに無言のままで、俺は家の方向へと歩き出したのだ。
絶対に引き止めてくれるという自信がないと出来ないことなので、俺にしては良くやったものだと思う。
「冗談です。もう、行っちゃうなんてひどいなぁ。えっと、私の家なんていかがでしょうか? 一人暮らしですから、いっそ泊まってくれても大丈夫ですよ」
二度連続でボケはしないだろうから、これは本気なのだろうか。
今から天沢さんの自宅に行かせてもらえるのだと、そういうのだろうか。
何もやましい気持ちはないのだが、しかし、しかしだよ。彼女だって俺に異性という認識を持ってくれている、そのことを考えると俺の理性が保つかどうか。
ゲーム好きという共通点を持った、彼女は俺の同志でしかないのに。どうしよう。
①彼女の家へ ②俺の家へ ③ここで ④解散
ーここは①を選んでしまうんだそうですー
そうだよ。家に行くくらいは、セーフの域なんじゃないかな。
女性の家に行くのは初めてのことだし、緊張はするけれど、二人で会話をすると考えたらそれが最善の手だとも思う。
天沢さんがゲーマーであることを隠さないといけないのだから、それも仕方がないのだろう。
「わかりました。天沢さんの家に伺いたく思います」
「それでは、見つからないうちに、急いで向かうとしましょうか。距離はありますから、大変になるかもしれませんが」
大変とは言っても、天沢さんが毎日通っている距離なのだろう?
問題ないという意味を込めて、俺は大きく頷いてみせた。
二人きりで道を歩く時間を、出来るだけ短くしようとする図らいだろうか。小走りより早いくらいを要求する早歩きで、天沢さんはスタスタと歩いて行ってしまう。
これはあえて距離を取ろうとしているのだろうか。
そんなことを考えながらも、俺は天沢さんの後をなんとか追った。ストーカーみたいだな。
「着きました。ここが私の家です。期待外れの汚いところでしょうから、嫌だったら断って下さっても結構ですが」
謙遜ではなかった。
俺が想像していたものとは程遠い、汚くて小さなボロアパートである。失礼なのは承知であるが、俺の住居以下なのではないかと思う。
こんなところに天沢さんが住んでいるなんて、信じられるはずがなかった。どうしよう。
①疑う ②断る ③微笑む ④褒める
ーここは③でしょうよー
だけど、高貴な印象のある美人だからといって、それは勝手に周りが付けたイメージである。
お嬢様っぽい見た目なのに、豪邸に住んでいないんだね? なんて言われても、本人は困るだけであろう。
とはいえ、この家を褒めたとしても、天沢さんは良い思いなどしまい。
「意外ではありましたが、嫌だと断るほどの家ではありませんよ。そこが天沢さんの暮らしている場所だというのならば、このチャンスを逃してしまう馬鹿はいませんって」
ここは変な気を遣った方が、かえって天沢さんへの失礼にあたってしまう。
そう考えた俺は、微笑みながら正直な気持ちを述べた。俺だってそう良い家に住んでいるわけではないし、そもそも住める家ならば、入るのも躊躇われるほどの家ということなどないはずだ。
この美女の自宅だぞ? 入らないわけがない。
「そうですか、ありがとうございます。では適当な場所に座って、待っていて下さい。コンビニで飲み物とお菓子を買ってきますが、何か希望のものはありますか?」
そのアパートの一室に案内された。室内も、外観とそう変わりなかった。
それなりに片付いた部屋ではあるけれど、それは家具という家具が置いていないせいだろうか。
床に洋服や本が落ちていたり、部屋に埃が充満していたりと、綺麗にされているとはお世辞にも言えないだろう。どうしよう。
①言葉に従う ②着いて行く ③遠慮する
ーここで素直に①を選べるんですよー
意外だな、本当にさ。
普段の天沢さんがこれなのだとしたら、よくぞまあ、学校であれだけのキャラクターを演じていられるものだと思う。
学校での天沢さんの姿を俺は知らないけれど、クールで少しSなところがある女王様だそうな。
全くの別人じゃないか。何度も思う、全くの別人じゃないか。
「希望は特にありません。行ってらっしゃい」
天沢さんの演技力に感心しながらも、天沢さんの言葉に答える。
そして彼女が家を出て行ってから、しまった、と俺は気が付いたのであった。
彼女がなんでもなく言うから、俺もなんでもないように返してしまったではないか。
天沢さんはコンビニに行っているらしく、俺は天沢さんが暮らす部屋に、一人きりになっているわけである。
欲望を抑えきれなければ、俺は犯罪者となってしまう。
それでも、こんなシチュエーションを作り出した天沢さんの方が悪いんじゃないかと思う。
もしかしたら、彼女は俺のことを試しているのかもしれない。どうしよう。
①こっそり荒らす ②堂々と荒らす ③荒らさない
ーここは③に決まっていましょうよー
部屋を荒らすだけの度胸があるのか、試しているのか。この欲望に耐えるだけの強い理性があるかを、試しているのか。
どちらを望んでいるのかはわからないけれど、間違っても犯罪者にはなりたくないので、たとえ天沢さんが望んで期待しているのだとしても、俺は荒らしたりなどしない。
彼女が帰ってきてくれるまでを、静かに待っていることしか出来ないのだ。
一人、闘いながら……。




