ゐ
待ち合わせ時間に遅れさせるため?
そこまで彼女は俺を恨めしく思っていたのか。
彼女にとって、俺の態度はプライドを傷付けるものだっただろうからな。どうしよう。
①責任を取る ②謝って行く ③逃亡する
ーここも②を選びましょうかー
そういった人は、最初からファンの人たちと楽しく過ごしていれば良いものを。
「では、俺はもう行きます。待ち合わせに遅れるといけませんので。お話が途中のようですが、申し訳ございません」
怖いので彼女がどんな顔をしているのかは見ないようにして、荷物を纏めると、俺は急いで教室を出た。
急がなくとも、待ち合わせの時間は六時半なので、あと二十分ほどある。ゆっくり歩いていても、間に合う時間の余裕だろう。
しかし早く教室から離れたかったので、教室を出てから階段までの廊下は、走っているに近しいほどの急ぎ方であった。
それに天沢さんは、六時半までに行けるようにする、と仰っていた。
ならばそれよりも早く来て、待っているという可能性だって捨てきれない。
俺を待たせていると思い、急いで切り上げてくれた天沢さんのことを、俺が待たせるわけにはいかないだろう?
教室を離れてからは、普通にゆっくり歩いて向かったわけだけど。
まさか天沢さんだって、六時半までの時間をずっとその場で待ち続けているとは思うまい。今に行ったのなら、もし待っていたとしても、悪く思う時間ではないはずだ。
校門を出たところ。彼女が指定したのは、そこであった。
ここがその場所であるならば、彼女はまだ着いていなかったらしい。どうしよう。
①ずっと待っていた風を装う ②そわそわと待つ ③気にしていない風を装う
ーここは①を選ぶんだそうですよー
本当は今まで、教室でちゃっかり予習をしていた。家でやるべきことを進めていたのだ。
しかし俺は天沢さんへの誠意を示すため、ずっと待っていたかのような雰囲気で、そこに立っていた。
待つこと、十分ほどだろうか。
天沢さんがやってきてくれた。待ち合わせ場所は間違っていなかったらしい。
「私が来るまで、ここでずっと待っていてくれたんですね? なんだか、忠犬みたいです」
俺の姿を発見すると、彼女は小走りでやってきてくれた。
そしてそう言ったんだ。とても可憐な笑顔で、心から嬉しそうにしてくれているのが伝わる、素直な笑顔で。
天沢さんは裏表がない感じがするな。それは俺が、表の彼女を知らないだけなんだろうけれど。どうしよう。
①ここで待っていろって、言われたんですもん ②ずっと待っているわけないでしょう?
ーここは②を選びますー
それは俺を信じてくれているのだと取るか。
俺なんかになら、嫌われても構わないからと取る、行動なのか。
そんなことは考えないようにして、彼女の笑顔に微笑みを返す。
「ずっと待っているわけないでしょう?」
ここでずっと待っていた風を装うと思っていたのだが、そんな嘘を吐くことは出来なかった。
予想外なほどに、天沢さんが素直な笑顔を浮かべてくれたから。
少なくとも浮気症ではないと思っているけれど、忠犬だなんて言ってもらえたのは、俺だって嬉しいからさ。
俺から天沢さんへの気持ち。天沢さんから俺への気持ち。
それはお互いに、恋愛感情とはとても呼べないものだろう。
しかし、そうだとしても、信じてもらえているということがただ嬉しかった。
「でも本当に待っていてくれるなんて、思わなかった……。我ながら、めちゃくちゃだって思いました。相手の都合を全く考えない、自分勝手なものだと思いました。だから、待っていてくれなくても、当然だろうって……」
「ひどいですね。俺は約束を破りません。都合が悪いならば、しっかりと断らせて頂きますもの」
待ち合わせをしていたのに、待っていたことを天沢さんは喜んだ。
それは今までの天沢さんが、どれほど苦しんでいたかを、痛いくらいに感じさせる。
彼女本人と演じているキャラと、その二人が全くの別人であるということを、改めて感じさせる。
だから俺は考える前に、そんな答えを返していた。
少しでも俺が、彼女を癒やしてあげたかったから。キャラじゃない、封じ込められた本当の彼女を、俺だけのものにしたかったから。どうしよう。
①抱き締める ②歩き出す ③微笑みを向ける
ーここは③しか選べないのだそうですー
それでも大きな勇気は持ち合わせていないから、大胆な行動を取ることも出来ず、彼女に微笑みを向けることくらいしか出来なかった。
「今から買いに行くのは大変ですか? それでしたら、予定を確認して、いつ買いに行くか決めておきましょう」
彼女も微笑みで返し、本題を切り出してくれた。
あくまでも彼女にとっての俺というのは、素晴らしいゲームを教えてくれるゲームの師匠のようなものだ。
本当の彼女を知っている俺は、リアルでの関わりを持てない存在でもあるのだ。
それが彼女の特別なのだから、残念と思うことはないのだけれど、少し寂しいかな……なんて。
「どちらになさいますか?」
良いんだ。彼女の特別なんだから。




