わ
俺はそんな扱いを受けることが、なんだか気に入らなかったんだ。
……その程度の言葉だった。それなのに、松尾さんの顔が近付いてくる。どうしよう。
①避ける ②目を瞑る ③俺から
ーここは②になりましょうかー
遊ばれているのだとはわかっている。キスなんて、するわけがない。
するようなふりをして、彼女はまた、俺の心を弄ぼうとしているんだ。
そうやって、小悪魔的なキャラクターを演じて、男心を掴んできたんだろう。
期待するだけ無駄なんだろうけれど、俺は目を瞑ってしまう。
これは……、キスを期待してのことではない。
そうじゃないんだ。
キスを期待して、目を瞑っているわけではないんだ。
遊ばれているのだとしても、こんなに可愛らしく整った美顔が目の前にあったら、だれだって気が動転しそうになる。奇行に及んでしまいそうになる。
犯罪にさえ、手を染めてしまうことだろう。
でも俺にそんな度胸はないだろうから、本能に対するせめてもの抵抗として、目を瞑っていただけ。
「んっ」
期待なんてしていない。冗談に決まっている。
それだったのに、唇に柔らかい感触が重なっていた。全身に、電流が走るような衝撃が駆け巡った。どうしよう。
①目を開く ②突き飛ばす ③目を瞑ったまま
ーここは①を選びますー
驚きのあまり、俺は目を見開く。
何か柔らかいものを押し付けて、にやけている俺の顔を笑っているのではないか、そう思った。そう、思いたかった。
しかし彼女は、本当に俺と、唇と唇とを重ねていたのだ。
どうして……?
悪戯のためにここまでするなんて、信じられない。
彼女にとって、キスなんてその程度の行為だったのだろうか。
そんな彼女に弄ばれているのだと思うと、憤りが心の中で燃え盛った。どうしよう。
①されるがまま ②目を瞑る ③突き飛ばす
ーここも①になってしまうのですー
キスをしろだなんて、そんなことを言った二分前の自分を呪いたくなった。
まさか、本当にするとは思わないじゃないか。
簡単にこんなことを出来てしまう彼女だから、本気だなんて嘘も、簡単に吐くことが出来るんだろうね。
怒りに任せて突き飛ばしてしまおうかと思った。引き剥がして、逃げされたら……、と思ったんだ。
「ふふっ、これで本気だって、信じてくれた?」
だけど俺が動けないでいる間に、彼女はゆっくりと唇を離し、不敵な笑みを浮かべた。
「それとも、まだ信じられないのかな~?」
「やめっ、何をしているんですか!」
口ではなんとか強く言うものの、体に力が入らなかった。
唇を離したのは、会話をするためだろうか。会話をするのに差し支えがないから、この近すぎる距離はそのままなのだろうか。
おかしくない?
距離感がおかしいのだろうか。そうではなく、わざとだろうね。
女の子と触れ合いそうな距離で会話をすることなんて、初めてなのに、耐えられるわけがないじゃないか。
松尾さんにとっては、当たり前のことなのだろうか。どうしよう。
①問う ②咎める ③逃げる
ーここも①だそうですよー
清純系マドンナが、こんなことで良いのだろうか。
俺の中にも彼女に対するイメージはあったらしく、彼女にとっての当たり前なのだと、納得してしまうのはどこか躊躇われた。
彼女にはアイドルでいて欲しい気持ちもあったのかもしれない。
「松尾さんは、だれにでもこんなことを出来るのですか? 俺みたいな男にも、簡単に出来てしまうのですね、汚らわしくは思わないのですか?」
俺が彼女に問い掛ければ、無意識のうちにもう一つ問いを付け加えてしまう。
自虐は相手を困らせるだけだと理解し、封印したはずだったのに。
松尾さんは、好きでもない相手とキスが出来るのか。
それを問うだけのつもりだったんだ。
空気が悪いのは元々だから、そこだけでも彼女からはっきり聞いておきたかった。だけど二つの目の質問は不要だったかと、言ってから後悔する。
松尾さん側は、全く気にしていない様子なんだけどね。
「失礼しちゃうなぁ~。だれにでもって、そんなわけないでしょ~? キミだから、だよ?」
ゲームによくありがちなセリフを吐いて、真面目に答えようという気すら見られない。どうしよう。
①真面目に答えて下さい ②そうですか
ーここは②になってしまうそうですー
これはもう、何を言っても無駄ということなのだろうか。
俺と彼女とでは、前提となっている条件が違うのだから、仕方がないとも言えるのかな。
「そうですか」
諦めるしかないと思い、俺は何も言わずに彼女の言葉を流した。
それからも何が面白いのか話し掛けてきたけれど、ほとんど相槌だけで聞き流した。
会話が成り立っていないのなら、会話をするだけ無駄になるし。
まあ、彼女の考え方を参考にすれば、人の心を簡単に手玉に取り、弄ぶことも出来るのかもしれないが。
外見だってあるだろうし、俺に試せるようなやり方ではないからさ。
「でもさでもさ、ワタシってこう見えても、意外とモテるのね? キミみたいな人って、案外初めてかもしれないな~。ときめいちゃう」
松尾さんが来てから一時間も経っていたことに驚きながらも、六時を回ったのでそろそろ行こうかと、俺は立ち上がった。
すると松尾さんは、今までの話を全て投げ出して、そんなことを言い出した。
それまでは勉強の話をしていたのに、いきなり何を言っているのだろうか。
そのことにより、俺の気を引こうと思っただけだろうか。そうだとしたら、完全に引っ掛かってるけど。
でも、そんなことをする意味がわからない。俺の気を引いてどうする。




