り
「ある人と待ち合わせをしていまして、その時間になるまでは、勉強をしていようと思ったのです」
何も隠すこともないので、正直にそう言った。
どうせ毎日ここにいるわけがないのだから、嘘を吐く必要がない上に、すぐにバレる嘘である。
「あはっ、面白いね~。そんなに緊張しなくて良いよ? 同級生なんだから、敬語なんて使わなくて良いのっ」
敬語を使わない? 敬語に慣れすぎて、その発言に軽く驚いてしまう俺がいた。どうしよう。
①敬語 ②タメ口 ③無口
ーここはやはり①になってしまいますー
相手が良いとはいっていても、ほとんど初めて会話を交わすというのに、タメ口だというのはハードルが高かった。
その上、雲の上のような人が相手なのだから。
無理無理無理無理。タメ口なんて絶対無理!
「こちらの方が話しやすいので、敬語で話させて頂けませんか?」
「それなら良いんだけど、なんか、距離を感じない? 同い年なのに敬語だとさ」
距離を感じるだろうか。それ以前に、距離がないといえるのだろうか。
実際に距離があるのだから、距離が感じられても、仕方がないと思う。どうしよう。
①本音を ②じゃあタメ口 ③微笑む
ーここは③でしょうよー
しかし実際に距離があるから距離を感じるのだ、なんて言えるはずがなかった。
クラスの中心にいて、それでいて性格の悪い出しゃばりではなく、アイドルとして君臨する彼女にとっては、同じクラスの人は全員近いのかもしれない。
本気で同世代を残らず全て、友だちといえるような性格なのではないだろうか。
可愛いとは思うんだ。可愛いとは思うんだけど、仲良くなりたいとも思えないし、仲良くなれるとは思わない。
よね、そんな性格の子って。
「それとも、ワタシのこと嫌いかな」
これはわざとなのだろうか。
わざとだとするならば、ネタとしては少し古いと思える。
嫌いかな? だなんて、好きという言葉を引き出すための罠。古くから使われてきた、古典的な罠なのである。
古くから受け継がれている技なのだから、効果があるのも確かのだけれどね。
だって可愛い子にこんなことを言われちゃって、どうすれば良いっていうのさ。どうしよう。
①好き ②嫌い ③微笑む
ーここも③ですかねー
誰だって、騙されて好きと答えてしまうだろう。
しかし間違ったことは言うと殺されるから、俺は何を答えることも出来ず、微笑みで返した。
彼女のファンにはかなり熱狂的な人もいて、半殺しくらいならばやりかねないのだそうな。
それならば、盗聴器とかストーカーとか、そういった犯罪行為にも多少は手を染めていてもおかしくない。
周りが見えないほどの愛なのだから、犯罪だと気付いていないかもしれないね。
そのことを考え警戒したならば、下手なことを言うわけにはいかない。
そもそも彼女から話し掛けられた時点で、敵視はされてしまっているだろう。変なことを言ったら殺される。
今の問いなんて、試されているのかとすら思うよね。
好きと答えれば、下心を持って松尾さんに近付いているのだとして、きっと殺されるだろう。
嫌いと答えれば、松尾さんに向かって失礼だとして、きっと殺されるのだろう。
どう答えても殺される問いならば、答えずに微笑むのが一番に決まっている。
「もぅ、ズルいな~。キミは、好きって言ってくれないんだ?」
こんな返しに困る話題を振られるくらいならば、俺の真面目話を続けていればよかった。
自分のメンタルが傷付いてはいくのだろうけれど、物理的に痛い目に遭わされる可能性は低くなるだろうに。
どっちが良いんだろうな。どうしよう。
①メンタルを守る ②体を守る ③夢を捨てる
ーここは②に致しましょうかー
何をどう頑張ったとしても、メンタルは守りようがないだろう。
どんな道を選んだとしても彼女と会ったその時点で、メンタルは崩壊を始めているのだ。
どうせ守ることなど出来ないのなら、夢を抱いたままで散りたいと思うではないか。
夢を捨てて死ぬよりは、少なくともよっぽど良い。
それに、リア充になろうとしているんだから、嫉妬に耐える心は持てないといけないし。
「ズルいのはどちらですか。好きではありますが、あなたの周りにいらっしゃる方々に比べれば、俺の好きなんて口に出して言えるものではありませんよ」
これでどうだろうか。
くれぐれも松尾さんのことも、そのファンの方々のことも、不快にはさせない言葉選びを出来るよう、慎重に努力した。
失礼に当たる内容は、絶対に控えないといけない。ひどいスリルだ。
ジェットコースターもお化け屋敷も苦手なタイプだよ。スリルなんて求めていない。どうしよう。
①逃げ出す ②会話をする ③勉強する
ーここも②を選べるのですー
求めてはいないけれど、その先に夢があるのなら。
かなり危ない橋ではあるけれど、こんなに可愛い女の子と会話を出来る時間、無駄にはしたくない。
ちゃんと良い意味で彼女に覚えてもらえる存在になれたらな。
だって三年生のマドンナ、琴音さんと天沢さんと会話が出来る関係にある。そして我が学年のマドンナ、松尾さんともそんな関係になれたなら、ほぼリア充ではないか。
そんな関係と言っても、会話が出来る程度の関係だけど。




