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「私としても、あんたが来てくれると助かるわ。葉月のことは秋桜兄が面倒を見てくれるんだけど、私一人だと他の面倒を見るのは大変でね。特に春香はじゃじゃ馬だから、あんたに面倒を見てほしいのよ。気に入られているみたいだし」
雪乃さんが、なんとも思っていないことはわかっている。
胸を痛める必要すらないくらいに。それくらいのこと、わかっている。
そうだ、よね。雪乃さんの方から誘ってくれているんだから、彼女も助かると言ってくれているのだから、断る必要なんてないんだよね。
俺は何も、悪いことをしているわけではない。どうしよう。
①了解 ②微笑む ③却下
ーここも②を選ぶことになってしまいますー
元気に了解と返事をしてしまえば、それで良かっただけのことなのだろう。
それでもやはり、俺は自分の下心を自分には隠せないから、明るく答えることが出来ずにただ微笑みを返した。
「そういや、あんたは学校のバッグしか持ってないのよね? 良かったらタオルを貸すわよ」
銭湯に到着すると、優しく雪乃さんはそう言ってくれた。
その優しさや、相変わらず微妙に不機嫌そうな表情に、彼女にとってはなんでもない話だったんだな、そう俺は思い知らされた。
平気で家に招かれるというのは、俺のことを信頼してくれているとか、そういうことじゃない。
ただ単に、俺なんかのこと、男と見ていないだけではないか。
そう思うと少し、悲しくなるようであった。どうしよう。
①借りる ②買うから良い ③取りに行こうかな
ータオルの話ですか? ここは①を選べるようですねー
だけど彼女が意識をしていないうちは、チャンスとも取れるかもしれない。
今のうちにやることをやっておいて、後で告白をして、あんなことまでしたじゃないか、とからかうんだ。
そして新しい、お互いに照れ合いながらの生活が始まるんだ。
告白なんてする勇気もないし、したところで叶う相手ではないということも、わかっているんだけどね。
夢だよ。下心がバレるまでの、妄想の材料となる夢。
「ありがとうございます。洗濯をしてお返ししますので、後日学校で会えませんか?」
「別に大丈夫よ。洗濯くらい、私の方でするわ」
雪乃さんのタオルを借りられる。雪乃さんの私物を、俺が使えるんだ。そして裸の俺の体を、拭き取ってくれるんだ。
妄想を広げそうになったけれど、それ以上は自主規制した。
何にしても、雪乃さんに借りたものを使えるのはとても嬉しい。
そう思っていたくらいなのに、さすがは雪乃さんで、そのようなことを言ったのだ。
「気にすることなんてないのよ。あんたは関係もない私のために、突然のことだったのに、勉強を教えてくれたんだから。最初に春香が暴れたときにも、いきなりだったのに怒らないでくれたし」
申し訳ない。そう、遠慮している気持ちももちろんある。
だけど俺が気にしている理由がもう一つあることを、彼女は想像もしていないんだろう。どうしよう。
①お言葉に甘える ②遠慮 ③拒否
ーここも①を選択しますー
こんな俺って、気持ち悪いよな。相手がなんとも思っていないのを良いことに、女の子のタオルを借りて、別に興奮しているわけではないんだけど。
俺もなんとも思っていないような顔をして、気持ち悪いなぁ、俺。
「暴れてないもん!」
「どうしたらそう言えるのよ。大暴れだったじゃない」
二人は仲良さそうに喧嘩して、俺のことを本当にただのお人好しだと思ってくれているようで。
だから俺は、二人が気付くまで、猫を被っているのも悪くはないのかな。なんて思ってしまう。
悪いことをしているわけではない。自分に言い聞かせるように、そう、何度も繰り返しながら。
「もう、お姉ちゃんヤダっ! はるちゃん、おじさんと一緒にお風呂入りたい」
喧嘩が徐々にヒートアップしていったようで、終いにはそんなことを言い出す春香ちゃん。
可愛いな、なんて思っている場合じゃない。
勢いとはいえなんてことを言ってくれたんだ。
こんな幼い子に何か危険な感情を抱いているわけではない。そんなわけがない、断じてそういったことはない。
しかし、女の子と一緒にお風呂だなんて、耐えられることではない。
「あんたみたいな我が儘の面倒、見ていられるわけないでしょう? 大人しくしていなさいよ」
さすがに不味いと思ったのか、呆れるような表情で、雪乃さんは春香ちゃんを落ち着かせようとする。どうしよう。
①止める ②受け取る ③去る
ーここも①を選択することになるようですー
俺なら大丈夫ですから。最初はそう言って、春香ちゃんを受け取っていこうかとも思った。
そうすれば春香ちゃんだって満足してくれるだろう、そう思った。
雪乃さんの方よりも、春香ちゃんを落ち着かせるべきなのだから、彼女の要望を通してあげるのが一番簡単だと思ったのだ。
それでも俺なんかに、そんなことが出来るとは思えない。
この銭湯の決まりがどうなっているのか、詳しくは知らない。幼女を連れて来たことなどないのだから、当然だろう。
ただ身長か、それとも年齢か。
条件はなんにしろ、幼児は混浴が可能になっているはず。
それはあくまでも、ルール上の問題にすぎないんだけどね……。
許可されていたとしても、俺が耐えられるわけがない。
だから俺は、まず二人の喧嘩を止めることにした。




