め
「裏切るはずがないではありませんか。何を仰るのです? 俺がそんな軽い男に見えるというんですか」
自分でも感心するくらい、この発言自体が軽いのではないかと思った。
が、幸い雪乃さんはそう捉えないでくれたらしい。
「そうは……、見えないわね。じゃあ、たった今から私はあんたの君主。ふっふん」
提案を了承してくれた時点で驚いたのだが、それどころか彼女が嬉しそうにしている。どうしよう。
①理由を聞く ②裏を探る ③喜ぶ
ーここは素直に③としましょうかー
どうして? そう訊いてしまいそうになってしまったが、ネガティブ発言はときに相手のイメージを下げてしまう。
謙遜していると勘違いしてくれる子だから、謙虚なんだと取ってくれるとは思うんだけどね。
まあ俺の優れている点を何か見付けて、俺の君主となる利点を感じてしまったんだろう。
俺のことを賢いと思っている人だし、それくらいのことに違和感を感じちゃいけないのかな。
「早速、命令よ。私のワークも終わらせておきなさい」
「却下です」
理由はそんなことだったのか。
見た目にそぐわず彼女が馬鹿だったことを思い出し、少しでも俺は深く考えたことが恥ずかしくなった。
そうだよね。その程度だよね。
そしてもちろん、俺もその命令に対しては即答で却下である。
「それでは雪乃さんのためにならないでしょう? そのようなこと、俺は致しませんよ」
わざと賢そうな口振りでそう言って、雪乃さんに微笑み掛けた。
彼女が不満気に唇を尖らせていたが、その姿があまりに可愛くて頬を緩めそうになってしまったが、なんとかそれを抑えて厳しい表情。
雪乃さんもそれで諦めてくれたらしい。
「あっそうだわ。あんたって、銭湯に行っていたわよね? 時間も時間だし、一緒に行きましょうよ」
一瞬しょぼくれていたと思えば、急に笑顔になってそんなことを言う。どうしよう。
①許可 ②却下 ③歓喜
ーここでは①を選べるんだそうですよー
今度こそ帰ろうとしていると、雪乃さんがそんなことを言ってくれたのだ。
雪乃さんから、そんなことを言ってくれたのに、どうして断ることなど出来ようか。
しかしいくら嬉しかろうと、ここで大きく喜んでしまえば負けな気がする。それに、また雪乃さんに疑われてしまうかもしれない。
だから俺は、無理をしてなんとも思っていないふり。
「そうですね。せっかくですから、一緒に行きましょうか」
喜んではいけない。そう頑張ってはいるのだが、あまりちゃんと出来ている自信がない。
雪乃さんみたいな可愛らしさと美しさを兼ね備えた絶世の美少女が、俺なんかをお風呂に誘ってくれているのである。
断る意味などないし、断ることが出来る男などこの世には存在しないと思う。
まあ、お風呂に誘ってくれているというと、少し語弊を招きそうなところだけれどね。
「雪乃にしては珍しいな。学校の男連れ込むなんて」
部屋を出て一階に降りると、少し歳上らしい男性が現れた。
さらさらの黒髪に端麗な顔立ち、男の俺から見ても美しいと思うほど、美しい男性である。どうしよう。
①告白する ②見惚れる ③振り払う
ーここは③でなくてはいけないでしょうー
見惚れてしまいそうになったけれど、彼はどこからどう見ても男だ。男の娘とか可愛らしいとかではなく、ただひたすらに美しい男性。
なんと綺麗な人なんだろうか。
だけど男に見惚れてはいけないと思い、その考えを即座に振り払う。
「ああ、勉強を教えてもらっていたのよ。えっと、この人は私の兄、秋桜っていうの」
そんな俺のことなど知らず、雪乃さんは彼に俺のことを、俺に彼のことを適当に紹介した。
次から次へと姉妹が登場すると思っていたら、今度は兄の登場である。一体、兄弟は何人出てくるのだろうか。
家の中を歩くと、新しい兄弟が出てくる。
本当に十人くらい出て来てしまいそうな勢いだ。
「雪乃さんって何人兄弟なんですか?」
春香ちゃんも連れて家を出ると、気になって雪乃さんに問い掛けてみる。
「六人よ。一番上が、さっき会った兄の秋桜。次が私。その下に、海夏という中学生の妹がいるわ。そして春香、冬華、一番下が生まれたばかりの弟、葉月よ」
十人とまでは行かなかったにしろ、かなりの大兄弟だ。
「はずくんってね、とっても可愛いんだよ」
雪乃さんが全員を紹介してくれると、春香ちゃんが本当に大好きであるといった、幸せそうな笑顔を浮かべた。
仲の良い兄弟なんだろうな。ちょっと、羨ましいかも。どうしよう。
①笑う ②ほしい ③いらない
ーここは②を選びますー
兄弟とバタバタ賑やかな生活か。兄弟が多いことにも大変なところは多いだろうけれど、やっぱり遊び相手がいてくれるのは良いなって思うよね。
友だちがいない俺だからとか、そういうわけじゃないんだけどさ。
「そっか。今度、会ってみたいですね」
「じゃあまた、はるちゃんのおうちにきてよ。それで、今度はいっぱい遊ぼうよ」
俯きがちにポツリと呟いた俺の言葉に、春香ちゃんは嬉しそうにして俺を誘ってくれる。
絶世の美少女雪乃さんの家をまた訪れるために、そのきっかけとして春香ちゃんを、葉月くんを利用したわけではない。
普段は子どもと接せないから、会ってみたいというのは本心である。
だけど少し、胸が痛むようだった。




