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「あんた、そんなにワークを進めているの? やっぱり、私の目は間違っていなかったんだわ。賢そうな人を捕まえられて良かったわ」
俺がワークを開いたところを見ると、突然雪乃さんはそんなことを言う。
進めている? どこを見てそう思えたのだろうか。
テスト範囲は六ページもあるというのに、まだ俺は二ページ目に入ったばかりのところである。
その上、他の教科はほとんど進んでいないに等しい。かなり危機的な状況にあるのに、なぜ彼女はそう言えたのだろうか。
と思ったら、彼女のワークはまだ、名前すら書いていない新品状態だったのだ。どうしよう。
①絶望 ②引く ③支える
ーここは③を選びましょうよー
本当に彼女は俺よりも勉強が苦手なのかもしれない。
ワークをやっていないからって、頭が悪いとは限らない。
しかし配られた時点で名前を書かない人が、賢いとは思えないんだよね。
「どうやって解いたのよ。私に教えなさい」
相変わらず戸惑うほどの上から目線で、彼女は俺に命令してくる。
名前を書いてからワークの一ページを開く。もちろん、真っ白である。
ヤル気は確かなものらしく、教科書を開いてシャーペンを握っているのだが、一つ残念なのは開いている教科書。
なぜ、これから始めようという教科と、違う教科書を開く気になったのだろうか。
わからなかったから?
いやいや、いくらなんでも、それはありえないだろう。
たとえ中を見てわからなかったとしても、表紙に教科は記してあるはずである。
そもそも、ワークには一度も開いた痕跡がないから仕方ないにしても、教科書は授業の度に使っているはず。
わざと勉強前に場を和ませたのか。そんな感じもしないのだが。どうしよう。
①指摘する ②笑う ③放っておく
ーこれは①にしてあげましょう? 性格悪いですよー
言わないままにしておいたら、勉強にならない。後で絶対に気付くだろうし、そのときに感じが悪くなっちゃうよね。
絶対に馬鹿にしていると取られない言い方で、彼女に教えてあげなければ。
しかしさりげなく彼女自身に気付かせるにしても、コミュ力の低い俺にそんな力はない。
だってさりげない優しさを持っているのなら、今頃リア充だったに決まっている。
「あの、教科書を間違えていませんか?」
余計なことを言うのは良くないから、シンプルにそう告げる。
変に気を使って付け足したって、逆効果となり彼女に恥を掻かせてしまうに決まっている。
「あっ、本当だわ。似ているからよく間違えるのよね」
なんか、気を遣ったり考えたりしたこと自体が、無駄なような気がしてきた。
なんでもないように言っているけど、かなりひどいことだからね? これ。むしろよく入学出来たな、どんな手を使ったのかと、手段を不安になってしまうくらいだよ。
よく間違えるの? よく間違えるって、どういうことなの? どうしよう。
①聞いてみる ②触れない ③笑う
ーここは②で行きましょうー
ここでからかうというのも一つの手かと思ったが、テクニックがないのに上級者向けに手を出しても、失敗に終わるだけだと俺はわかっている。
だからここは触れないで、勉強を始めるとしよう。
雰囲気から全く感じさせないのが不思議なほど、彼女は阿呆である。
人のことを言えたもんじゃないが。こう言っては失礼だが。それを付けることさえできないほど、彼女は阿呆なのだろう。
ひとつひとつ丁寧にツッコんでいては、俺までワークが終わらなくなってしまう。
「それでは説明を始めます。俺も賢い方ではありませんから、わかりにくいとは思いますが、雪乃さんの期待に添えるよう頑張りたいと思います」
「自虐はいらないわ。難しい言葉を使っちゃってるじゃない。本当は賢いことを知っているのよ」
彼女は俺の何を知っているのだろうか。不思議には思うけれど、触れない触れない。
それと、自虐ではなく、せめて謙遜と言って欲しかった。実際に頭は悪いんだから、謙遜じゃないんだけどね!
しかしまあ、真面目な顔をしてよくぞそんなことを言えるものである。
学校では寡黙な人で通っているようだから、恐らくバレていないのだろうけれど、彼女は相当な阿呆である。会話をすればするほどに、阿呆要素が出てくる。
この時点で、最初のイメージとはかなり変わってしまっている。どうしよう。
①没 ②諦める ③可愛い
ーそれでもここは③ですよー
美人で優しくて賢くて運動神経抜群で、非の打ち所がないような人は、この世に存在しない。
仮に存在していたとしても、俺とは遥か遠くの世界で生きているような人である。
だからこういうところを見せてもらえた方が、可愛いなって思えるのも確かである。
上から目線なところも、不思議と可愛らしく思えてしまう。
もしかして俺って、Mな変態だったりするのかな。まあそうだとしても、雪乃さんが悪いよね。
だって可愛いんだもん。
「ニヤニヤしていないで、ここの答え、教えなさいよ」
なんとも失礼な。だれもニヤニヤはしていない。……と思う。
ただワークはきちんと進めているんだから、頭は使っている。
やっぱり可愛いんだけど、上から目線を続けられるとちょっとね。
そりゃキャラじゃなく性格なんだから、そう変わるもんじゃないんだけどさ。
「答えは教わっちゃ駄目でしょう? やり方を説明しますから、自力で解いて下さい」
「なんでよ、ケチ」
ぷぅっと頬を膨らませると、不機嫌な表情で雪乃さんは説明を求めてくる。
何? 今、一瞬見せてくれた、あの可愛すぎる表情は。どうしよう。
①キュン死 ②抱き締める ③堪える
ーここも③としましょうかー
目にしっかりと焼き付けた。保存して印刷して、心の棚に飾っておこう。
危なかった。死ぬかと思った。可愛いにしても、限度というものを知るべきだと思う。
「テストのときに、俺は答えを教えられないんですから、自分で解けるようにならないといけません。雪乃さんの力になりませんよ」
先生みたいなことを言いながらも、頭の中は雪乃さんの可愛い表情をもっと引き出したい。なんてことを考えていた。




