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「お前ぇら、あたしの熱狂的なファンみたいだな。ファンサービスだ、握手してやる」
拍手している俺たちの存在に気付いたようで、彼女はそう言って近付いてきた。
どうやら彼女は、予想外にポジティブらしい。それか、メンタルが相当強いのか、メンタルが強いのを装っているのか。
何にしても、握手と、彼女は手を差し出してきたのである。どうしよう。
①握手する ②拒絶する ③堂本さん
ーここは①ですよねー
まあ、そちらから握手を求めてくれているのに、それを拒む必要などどこにもないだろう。
女の子に触れるんだったら、なんだっていいじゃないか。
またもや下心丸出しだけれど、いろんな女の子に手を出してんじゃねぇ状態だけど、それが男の性ってものよ。
近くで見れば、彼女も可愛いし。
「あたしは花空祭でい! 宜しくな!」
握手している手を痛いくらい振り回し、彼女は名乗ってから開放してくれた。
腕が痛い。女の子に触れるんだったら、なんでもいいと思っていたけれど、それを撤回したいくらいだよ。
ただ、彼女の無垢な笑顔を見ていたら、それもいいかなって思えてくる。
短い茶髪。本人によく似て元気いっぱいの髪の毛を、これまた元気に振り乱し、彼女は飛んで回って笑って。
可愛い少女なんだけど、その元気さにばかり目が行ってしまう。
小学生でも中々いないくらい、彼女は落ち着きがないのであった。
堂本さんとはまた違う良さがある、女の子っていいよね。
みんなちがって、みんないい。
女の子を見ていると、つくづくそう思うんだよね。
「おぉ! 仲良くしてるな!」
ほとんどは堂本さんと打ち合わせして、作られたファン設定のもと、俺たちは花空さんに絡んでいった。
彼女は怒らないし、絡みやすい人でよかった。
そんなこんなで何気に楽しんでいると、先生が教室に戻ってきて、本当に嬉しそうに笑った。
その笑顔には、どれほど先生が生徒のことを想っているのか、そんな気持ちがこもっているような気がした。とはいえ、先生のことは嫌いだけどね。
嫌いなんだけど、頑張っているんだなとは思う。
「そんじゃ、自己紹介と行こうか! もう二年生だし、知っていると思うがな!」
頑張っているんだな、とは思うんだ。
でもそういうこと言い出すから、ますます嫌いになっちゃうんだよね。
知っていると思うんだったら、自己紹介なんてしなくていいじゃん。他人に自分を紹介するとか、地獄以外の何物でもないもん。どうしよう。
①自分のときだけ頑張る ②よく聞く ③メモでも取りながら
ーここは②としますかねー
よく聞きながらも、自分の自己紹介だって失敗するわけにはいかないよね。
それに変に自己紹介なんてやっちゃうと、名前を覚えていなかったときに、更に聞きづらくなるじゃないか。
これは、かなり慎重に聞いておかないと不味そうだ。
「次、アナタの番ですよ」
前の人の自己紹介が終わったのに、次の人が中々出て来ない。何をしているんだか、とか思っていたら、隣で堂本さんが囁いてくれた。
気付けば、もう俺の番まで来ていたらしい。
待たせてしまってからの登場だから、注目が集まってしまって自己紹介をしづらい。
注意不足だから自業自得とはいえ、ハードルを上げてしまうとはなんてことを。どうしよう。
①頑張る ②適当に ③面白く
ーここは①を選ぶしかないでしょうー
この状況だったら、頑張るしかあるまい。
しかしネタなんか披露して、面白くしようと努力したところで、スベるか引かれるかして終わりに決まっている。
今みたいなときにふざけるのは、一番良くないことだと俺は思っている。
「えっと、気付かずに遅くなってしまい、待たせてしまい申し訳ございません。◯◯と申します。これから一年間、宜しくお願い致します」
かなりテンパった状態ではあったものの、なんとか頑張った。俺にしては上出来だと、俺を知る人ならば誰もが言うだろう。
それはどう考えても、褒め言葉ではないんだけどね。
自分を褒めるつもりでも褒めることが出来ず、凹みながらも自分の席へと逃げ帰る。沈黙とか、非難を浴びるよりもむしろ辛いから、本当にやめてよ。
逃げ戻った俺を笑う堂本さんの顔に、もう一瞬だけど彼女のことが嫌いになりそうになった。
これだから、自己紹介は嫌なんだよ。
「コノがお手本のような自己紹介を見せてあげたのに、どうしてああなってしまったのです? 謝罪から始まるなんて、信じられませんよ」
その後の自己紹介の間も、堂本さんにからかわれ続けた。もう嫌だ。どうしよう。
①逃げる ②言い返す ③泣く
ーこれはもちろん③ですよー
「うぅ、堂本さんがいじめる」
自己紹介が終わると、授業はもう終わりとのことらしい。
授業放棄じゃないかと思うくらい適当に、担任教師が解散と言って去っていってしまったのだ。
他の生徒はさっさと部活動見学へ行ってしまったらしく、残された部屋の中で、俺はただ泣いていた。いや、実際に泣いてはいないけどさ、当然ね。
あっちなみに、この学校の部活動の制度は特殊なんだ。
毎年、部活を決めるのである。だから、一年生のときは何部で、二年生では何部で、三年生ではまた別の部活に入る。なんてことも出来るんだ。
部活動として勝利することよりも、様々なことを経験してもらうことを目的としているんだそうな。
それでも三年間、同じ部活動で頑張り続ける人もいるみたいだけどね。
俺は去年、帰宅部を選んだ。
部活社会にて、一年生はただ痛めつけられるだけ。そんな感じのイメージがあったからさ。
偏見だってわかってはいるんだよ? わかってはいるんだけど、どうしてもね。
今年は二年生。まだ上には三年生がいる。そう考えると、気が進まないのであった。
来年こそ、来年こそ部活に入るから。どうしよう。
①運動部へ ②文化部へ ③帰宅部へ
ーここも③を選ぶとしましょうかー
礼儀を学ぶには、嫌でも部活に入ったほうがいいんじゃないだろうか。
それだったら運動部がもってこいだよね。体も動かせるし、先輩への付き合い方だって学ぶことが出来るはず。
ただ運動部ではあまりにハードルが高すぎるので、文化部に入っておくというのもある。
いくら文化部とはいえ、先輩と関わる機会が出来れば、礼儀の勉強にはなるんじゃなかろうか。
体を動かすのが得意ではない俺としては、そっちの方が向いているはず。
どうしようかといろいろ考えた結果、やはり帰宅部ということにした。
本当だから、来年こそは本当に入部してみせるから。
「アナタは帰宅部とするのですね。コノは茶道部に入っているのですが、良かったらいらっしゃいますか? でも、部活に入る気さえない方ならば、勧誘するのも少し癪です」
そこまで言うと、堂本さんはニヤリと笑った。
「絶対運動部系の方を連れて来るくらいじゃないと、面白くありませんもの」