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「まず前提条件として、ドSは良いんですよね? そうでなければ、あのゲーム自体をプレイしないはずですから」
地球の環境問題とか、じゃなければ戦争についてとか、なくならない世界の問題についてを議題にして、真面目な議論を繰り広げるかのような、そんなテンションで天沢さんはそう切り出した。
木々に囲まれ、山の中で土の上に胡座掻いて、なんていう状態なのにそう思わせるのだから、それは彼女の才能だと思う。
話し方と内容と状況が、全く一致しない。どうしよう。
①彼女に合わせる ②内容に合わせる ③状況に合わせる
ーここで①を選べるんだから大したものですよねー
彼女と同じようにド真面目な表情をして、彼女の隣に胡座を掻く。
普通の人が傍から見たら、完全にシュールな光景として映るだろう。不審に思われて、避けられてしまうかもしれない。
しかしまあ、天沢さんくらいの美女なら大丈夫かな。
少なくとも不審者として通報されることはないだろう。
「ドSだけが好きとは言いません。それはそれで好きというだけであり、他にも好きなタイプはあったりします。何が好き、ってことはあまりありませんね。…………彼だけは、一番と言わざるを得ませんが」
ここで言う彼というのは、もちろん、ほたくんのことである。
あれだけ熱く語り合った過去があるのだから、しっかり天沢さんにも伝わっているだろう。
「そうですか。では真反対の、ドMに恋をすることもありえるんですね?」
少し意地悪な表情をして、天沢さんはそう問い掛けてくる。どうしよう。
①ある ②ない ③場合による
ーここでも①に決まっていますー
当然ドMのキャラクターを好きになることもあるが、それを堂々と言うのは気が引けた。
そもそもの議題を考えたら、それさえも今更な気がしてきたから、別に良いんだけどね。
「はい、好きになった人が好きなタイプ、って言っちゃうようなタイプです。あまりにドSなのは、俺のメンタルが持たないので、リアルではお断りするかもしれませんけどね」
そこまで言って一度区切ると、俺は更に続ける。
「しかしそれ以上に可愛いとかかっこいいとか、そういう方が俺に対してドSな対応を取って下さるのならば、好きになるでしょうが。あくまでも、嫌われているんじゃないかと不安にさせない、紳士的な対応を取れる場合に限り、ドSは愛したいですよ」
自分が何を言っているのか、最早よくわからなかった。
それはつまり、自分でも知らない自分を、天沢さんの前では曝け出せるということで良いんだよね。
「ではっ! そこは私と大きく異なっているようですね。もう私のことなんて愛していなくても良いのです、殺したいほどに憎んでくれても良いのです」
ただ目の前のこの人は、俺以上に曝け出してくれているみたいだ。
まだそこまで親しくなるほども時間をともにしたわけじゃないのに、どうやら俺は天沢さんの心の壁を壊せていたらしい。
だって他のところじゃ、この人はとてもお上品な方という設定らしい。
迷わず下ネタを練り込みながら、ドM発言をしている人が、とてもそうとは思えない。どうしよう。
①誇らしい ②嬉しい ③悲しい
ーここでは②を選ぶようですねー
俺にだけ見せてくれる顔だと思えば、嬉しくも思えるけどね。
「でもそれって、天沢さんが愛されているから言えることではありませんか? 自分を愛していなくても良い、なんて」
彼女の全く共感できない理想像を聞きながら、俺はぽつりと漏らす。
「なるほど、それもありますね」
声を出していたことに、そしてそれが天沢さんの耳に入ってしまったことに、俺は顔が青くなるのを感じた。
楽しそうに話す彼女の言葉が途切れたとき、申し訳なさで死にそうだた。
しかし天沢さんは、意外なことに俺の言葉を肯定してくれた。
「表面上に過ぎませんが、天沢美海という女性は愛されています。実際、多くの男性が彼女に愛を語りました」
寂しそうにしているかと思えば、平気な顔をして、それどころか笑顔のままで天沢さんはそんなことを言う。
自分のことなのに、”彼女”だなんて。
まるで本当に天沢美海が二人いるかのような言い方だった。どうしよう。
①聞く ②肯定 ③否定
ーここは①を選びましょうー
まだ続きがあるのだろうか。
それはわからないけれど、俺は掛けるべき言葉を見つけられていないので、無言で先を促した。
「しかしその愛は、二次元の存在へと向けられるものと、なんら相違ないものですよ。天沢美海に向けられる愛は、私への愛ではありません」
結構なことを言っているような気がするのだが、彼女は相変わらず何も感じていない笑顔だった。
無理に笑顔を浮かべているというよりは、本当になんとも思っていないようである。
諦めている? いいや、そんな感じはしないんだけど。
何にも例えがたい不思議な表情なのだが、どうしてだか悪い気にはならないのだから、そちらも不思議だ。
全体的な、天沢さんの雰囲気を表すような表情である。どうしよう。
①羨ましい ②哀れだ ③似ている
ーここでも①を選べるんですねー
人気者の彼女は、リア充とは程遠いものに感じられたけれど、俺は無意識に羨ましいという感情を抱いていた。




