比
天沢さんは雪乃さんのことをとんでもない後輩だと思っていることだろう。俺のことだってそうだろうか。
むしろクズということだったら俺の方がずっとひどいものだもんな。どうしよう。
①注文を取る ②機嫌を取る ③息を引き取る
ーここはさすがに①になりますー
ずっと黙っているというわけにもいかない中で、俺の限界はこんなものなのだ。
「雪乃さんは何を飲みますか? アイスコーヒーは飲みたくないのでしょう?」
「そうなのよ、よくわかったわね。私のクリームソーダを早く届けてちょうだい」
先程アイスコーヒーなら飲みたくないと自分で言っていたところだけれど、そういう細かいところを気にしていたら雪乃さんとの会話は出来ない。
「雪乃さんの分のアイスコーヒーは俺がもらいますから、話を中断してしまってすみませんね」
天沢さんと雪乃さんとは初対面なのだから、この三人で話をするのなら絶対に俺が中心になるべきだってことはわかっているんだ。
わかっている上で、俺は雪乃さんに任せきりなところまで開き直って謝るのである。
アイスコーヒーを届けてくれた店員さんにそのままクリームソーダを注文する。
「別に構わないわよ。ちっとも返事してくれないもの、どうせ同じことだわ」
これでも煽っているつもりではない雪乃さんは普段どうしているのだろう。
冷徹な一匹狼美女でクラスの中に位置し続けているのだろうか。
綺麗で堂々としていてクールだからこそ、どれだけ一人でいても雪乃さんならばボッチに見えるようなことはないだろうし。
どちらにしても近付きがたくて、冷徹な一匹狼美女になっていたところだろうか。
「それにしても、面食いも良いところですね。顔面だけで言ったらどう考えてもそちらの彼女の方が美人じゃないですか。どうしてそれほどの美女を彼女に持ちながら私に手を出そうとするのです? それに、一途でメロメロなご様子ではありませんか。攻略終わってもう飽きたと、そんなゲーム気分なんですか?」
彼女の怒りは当然のものとはいえ、あくまでも敵意と悪意で俺を狙う天沢さんに雪乃さんが庇うわけでもなく庇ってくれる。
「何を言っているのかわからないわ。それにしても、自分でそれだけ顔面が美人だとか美女だとか、真面目な顔でよく言えるわね。それだけ美女だというくらいだもの、その自信が持てるほどによっぽどいろいろな男性から告白だとかもされていたのでしょうね。そんなわけだから自分のことを好きだと言ってくれている人に対してそんなにひどいことが言えるの? 好きと言われたのだから必ず好きになれとは言えるはずがないけれど、だからといってそこまで嫌うこともないじゃない。むしろそこまで嫌いなのだったら、最初から近付かないでいなさいよ」
さすが雪乃さんは微妙に噛み合わない微妙に会話が成立しない。
元々雪乃さんはそういう人だって思いながら聞いていればわかるのだろうけれど、本物のクール美女だと思っているであろう天沢さんとしては、雪乃さんが言っている言葉そのままから解釈しなければならないわけだ。
せめて通訳としての役割だとしても俺は入るべきなんだろうな。どうしよう。
①通訳する ②会話する ③まだ大丈夫
ーここはまだ③になってしまうのですー
話しているのは雪乃さんだから、雪乃さんが天沢さんと話したいと言っているのだから、雪乃さんに話を全て任せるのだ。
最低だ。何度考えても、何を考えても最低だ。
「嫌いなんて言ってないじゃないですか。私は彼と友人でいたいんです。彼が私の友人になってくれて、私は本当に嬉しかったんです。だから、本当に友人だと思っていたから悔しくて、腹が立っているんですよ。気持ちを知りながらもこの先も友人として一緒にいてくれなんて、私だってひどいことを言っているのかもしれないという考えがないわけではないんです。でも私、そういうのわからないし、私は一緒にいたいんですよ……。あんなに話せる人はいませんでした。それに今みたいに話せる人もいませんでした。私は……、私は友人が出来たことが、嬉しかったんです」
少しずれた雪乃さんの発言から天沢さんは何を感じてくれたのだろうか。
一気にコーヒーを半分ほど飲んで、俯きながら天沢さんは何度も言う。震えた声で「私は言い争いが出来る相手が欲しかったのかもしれませんが」と、意外と力強いごつごつした左手で顔を隠しながら付け足した。
さっきまで俺を向いていた天沢さんの目は雪乃さんへと移ったようだった。
「そんなに笑顔なのに? ずっとにこにこしているものだから人気者なのだと思って喋ってしまったわ。私、勘違いしていたかしら」
一方の雪乃さんは全く動じず、クリームソーダを受け取ってご機嫌そうだ。
「いえ、勘違いなどしていないと思いますよ。私は想像するとおりの人気者です。いつも予定がいっぱいいっぱいで、忙しくって、いつだっていろいろな人が私と会いたがっています。私が人気者だから、私と会いたいのです。私と一緒にいたいのです」
雪乃さんに訴える天沢さんの心は寂しげで自信がなさげで、同じように人気者であるように見える神様とは全く違っていた。




