奈
尋ねる天沢さんは質問というようではなくて、もう圧力を掛けているようなものであった。
「冗談ですよね?」
再び天沢さんは繰り返す。どうしよう。
①冗談 ②本気 ③俯く
-ここは③になってしまうのですー
何か言わなければならないのに、頷けでもしたら良かったのに、ただ俯くだけで動けなかった。
「「……」」
二人とも何も言えなくなってしまって、完全な沈黙となってしまう。
つい口走ってしまったにしても冗談だと笑ってしまえばどうにでもなった。どうにかするべきだった。
「「あの!」」
何かを話さなければと思って声を絞り出したのだけれど、これは気が合うというものか、声が重なってしまって、黙ってしまった。
一緒にゲームをやる友人は友人であり友人でしかなく、それ以外の関係性になることはない。
ゲーム仲間という関係性ではなくなってしまうとき、二人の関係が壊れるということだ。
そんなの最初からわかっていた。わかっていたはずなのに、どうしてこんなことになってしまっているのだろう。どうして、どうして……。
手遅れになる前に何かを言わなければならない。
今なら間に合う。今ならまだ間に合う。どうしよう。
①ゲームの話 ②話の続き ③俯く
-ここではもう②を選ぶのですー
まだ間に合わせられるのかもしれないけれど、それは天沢さんも気付いていることを互いに認識した上で、何事もなかったかのように二人で振る舞うということ。
その強がりがどこまで不自然であるかは、見ていたようなものだ。
祭ちゃんと神様はそれでも近付こうとしているし、頑なに信じ合うという二人の様子はどうしたって違和感に溢れていた。
たぶん、その違和感には遠慮が連れ添っていて、一緒に住むようなことにはならない。
「すみません。冗談じゃ、冗談じゃないんです。ごめんなさい、やっぱり出て行きます。その、でも約束は果たしますから」
「あ、いやっ、あの!」
出て行きますだなんて止めてくれと言っているようなものだ。
「いえ、むしろこちらこそごめんなさい、ありがとうございます。同居だなんて、全くそういった気がないからこそだと思いますし、完全に油断していました。それに、悪いことをしたと思います。少しでもそちらにその気があるのなら、女性としてしていはいけないことをしていたと感じます。反省しています」
「いや、そういうつもりじゃなくて」
天沢さんが反省などという予想外のことを言うものだから、慌てて止めてしまった。
「そういうことじゃ、なくて」
何かを言わなくてはとは思うのだけれど、続く言葉が何も出て来ない。
俺も天沢さんも、今までもうちょっとちゃんと話せていたはずなのに。
「顔で釣られる人がいくらもいました。最近は噂にでもなったのか告白して来る人は減りましたけれど、結局、結果として交際は経験がありません。ここまでのことがありますから信頼はしていますし、顔だけじゃないのだとも信じていますけれど、……それでも怖いですよ」
こういうときに言うべき言葉が何も出て来ない。どうしよう。
①逃げる ②謝る ③俯く
-ここは①になってしまいますー
改めて話をしないと、今日は駄目だ。今日じゃ駄目だ。
携帯だけ掴んで俺は部屋を飛び出した。
とりあえず今は落ち着かないとならないから、食事にでも行こうと思っていた。
忘れちゃいけない、財布を持っていない。
「どうするかなぁ」
思わず声が漏れてしまった。
外に出て来るんじゃなかった。暑い。暑い。財布を持って来ていたとしても、外食をする余裕はどうせない。
それにしても暑い。
『なかったことにするので、帰って来てください。明日、答えを出します。答えが出るまでは、今までと同じ。ゲームについて語れる人なんて、初めてだから、失いたくないんです。お願いします、我が儘だとはわかっていますし、そちらの気持ちを知ったうえでそのようなことをするのは非道だと思います。けれど明日まで、せめて明日まで出て行くのは待ってください。自分勝手でごめんなさい』
困ったときに連絡する相手なんていないのに、だれかに頼ろうと探していたところで、天沢さんからのメッセージだった。
俺も彼女も必死だから、ごっこでも縋りたいと思ってしまうのだろう。
怖い。間違えなく怖い。関係が変わってしまうのが怖い。
今回はどう考えても俺の方が悪くて、一方的に俺が壊そうとしてしまっているのだけれども、それでも天沢さんは繋ぎ止めようとしてくれる。
残酷だけれど優しくて、本人も言っているように自分勝手な我が儘だ。どうしよう。
①戻る ②帰宅する ③だれかの家へ ④どこかへ
-ここはまだ④を選んでしまうのですー
天沢さんは俺なんかを呼び戻そうとしてくれている。
謝罪までさせておいて、それでも俺の足は来た道を引き返すことを許さなかった。
どこか行き先があるわけでもない。
暑い中を一人意味もなく歩いていた。
部活終わり、少しだけ浮かれていた自分のことを蹴り飛ばしてやりたいくらいだ。
凹んでいるところを新たな美少女が出現して妙に優しくしてくれる。だなんてことはあるはずもなく、見慣れた道から知らない道へ、一人足に任せて歩いて行った。




