天
「あ、お帰りなさい。迷惑なくらいタイミング完璧ですよ」
今帰って来たところなのか、天沢さんが鍵を開けているところに俺は帰って来た。
「ただいま帰りました」
だれかに見られていたらその時点でアウトなのだが、俺はだれかに見られていないか警戒して、咄嗟に顔を隠して部屋に入って行った。
「今日はいつにも増して疲れちゃいました。えへへ、君のところに帰ってくると安心しますね」
勢いよくドアを閉めて鍵をかけると、天沢さんは積み重なる洗濯物の上に崩れ落ちた。どうしよう。
①喜ぶ ②起こす ③話す
-これなら③でしょうー
帰ってくると言ってくれたことも、安心すると言ってくれたことも、俺をこんなにも喜ばせているのだと天沢さんは気付いているのだろうか。
俯せになってじたばたしているこの人は、それにドキドキする俺がいることをわかっているのだろうか。
「もう、どうしたんですか。何があったんです?」
天沢さんの顔の近くに座って、自然な流れでゲームの電源を付けながら尋ねる。
「アピールしたらちゃんと心配して聞いてくれるんですね。こんな面倒な女丸出しのアピールの仕方でも、ゲームの話以外のところでは干渉しないはずですのに。優しい人、だからこんなに安心するのでしょう」
力尽きたように俯せで動かなくなった天沢さんは、悲しそうな声で返して来る。
こういう美しさが本当に似合う人だから、辛い。
「ファンにちやほやされるだけの時間もそう楽しいものではありませんが、女友だちとの会合はもっと疲れます。あの人たちは私のことを友と思ってもくれていないかと思いますがね」
同じように男子に人気があるにしても、女性票は無視したような神様とは違うからな。あの人もあの人で、友だちがほしいのだとは言っていたし本人は努力しているつもりなようだけれど。
彼女も彼女なりに苦しんでいることはわかっているし、彼女が努力していないというわけではないのだけれど、傍で見ていてやはり天沢さんの徹底はすごすぎる。
それにしても、暫く会わないでいるから気が抜けると松尾さんと言ってしまいそうだ。
「ごめんなさいね。私も愚痴を聞かされて疲れたのだというのに、同じことを君にしてしまうのだもの。名前だけの女友だちでも、実際、ちゃんと話してみたら私と気が合うのかもしれませんね。こんなに一緒なのだから、嫌になります。私の仮面を剥いだなら、私とあの人たちは同じなのでしょうが、仮面を剥がれた私はあの人たちにとって必要とされなくなる。そして私があの人たちをちゃんと友人として認識していないように、私によく似たあの人たちは私を友人として認識しない。私、どこまでどれくらい完璧でいられているのでしょう」
天沢さんがこんなことをこんなにも言うのは珍しいので、よっぽどのことがあったのだろうと俺には適当な言葉が出て来なかった。
俺なんかが、天沢さんへの言葉を発することを許されるとは思えなかった。どうしよう。
①話を変える ②アドバイスをする ③相槌を打つ
-ここも③でいましょうかー
どんな言葉が相応しいのかわからなかったし、天沢さんだって俺の言葉を求めているわけではないのかもしれない。
だから俺は自分のための優しさで言葉を選ばなかった。
「男女に好かれる心が広くて上品でハイスペックな女神系天使的美少女なんて、やっぱり私には難しいことなのですかね。私はどうしてもやっぱり、所詮、メインヒロインに相応しくない。主人公が前半ずっと鼻の下伸ばしていて、途中からこちらからも少しずつ主人公のことが好きになって行っているのに、最終的には主人公は喧嘩ばかりする幼馴染を選ぶから失恋するという美少女枠にも、私は相応しくない」
嘆きにしてはかなり説明的で、少し驚いてしまった。
天沢さんが言っている立ち位置は確かによくあるものな気はするけれど、こういうタイミングでそういうことを言うと笑ってしまいそうになるから止めていただきたい。
これも天沢さんとしては、強がりなのかもしれないが。
「余裕なふりをしなくても構いませんよ。俺に何を言ってもどうせ外には漏れないのですから、話してくださいよ」
深刻なふりをしているだけでふざける余裕がある? 天沢さんがそんなに単純なものか。
深刻なふりをしているだけでふざける余裕があるふりをしているだけで、本当は本当に彼女は嘆いている。
俺が天沢さんを理解しているとは間違っても言えないけれど、少なくとも俺はそう思うのだ。
「飽きたりうざかったりしたら、イヤホンしてください。その、ごめんなさい、今日はお言葉に甘えさせていただきます。聞いてくれるだけで、なんて、大概面倒な女なりに私も私も君にぶつけちゃいますから」
そう前置きをしてくれてから、天沢さんは話し始める。
彼女は自分で自分のことを面倒な女だと言うけれど、こうも周囲に気を遣える人がどうしてその扱いになるものだろうか。どうしよう。
①フォローする ②アドバイスする ③聞く
-ここも③でいてくださいー
天沢さん自身がそう思ってしまっているのだから仕方がないにしても、彼女は自分の魅力をあまりに理解していない。自己評価が低すぎる。
そんな彼女のストレス発散に俺が少しでも協力出来るなら、せめて話を聞いて相槌を打つくらいしたかった。




