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愉快そうに夢前さんは笑う。神様の方は笑顔ながらも、視線が氷よりも冷たいままだ。
「でもでも、星香ちゃん的にはなしではないよ。完全に盲点だったし、意外や意外にいろいろモテちゃってるみたいだから、ウチも試してみたいって思う感じもないでもないかな」
これは褒められているのだろうか。試してみたいって、どういうことなのだろう。
俺みたいな奴に夢前さんみたいな人の気持ちは欠片だって理解出来ようことはないのだろうな。どうしよう。
①付き合う ②キスする ③動揺する
ーこんなのは②を選べるわけ、あるそうですー
完全に遊ばれているようなのが悔しかった。
握手を求めているのか差し出した彼女の手を掴んで、その手の甲に軽くキスをしてやった。
これで揶揄うのは止めようという気になっただろう。
気持ち悪くなってしまって、もう近付きたくないと思ったことだろう。
笑顔ではあるけれど神様も夢前さんのことが得意そうではないものだから、一緒に神様に近付くことも止めようと思ってくれたなら、生意気にもそんなようにも思っちゃってさ。
序でに、気持ち悪いと思って神様も俺から引いてくれたらって、多少は思っちゃってね。
本気で気持ち悪い勘違い野郎だと思ったら、神様だって気軽に揶揄うことは出来なくなるだろう。
そりゃ嫌われたくはないけど、このまま神様にトラップを仕掛け続けられるのは俺には耐えられない。
「うわお、そういうタイプの積極的ね。そんでそんで、そういうところでモテちゃってるってことね。ロマンティストなわけだね。なしではないってとこだね」
思っていた反応と違っていて、複雑な気分だ。
気持ち悪いと思われなかったということで、合ってる?
「何をやってるのさ」
いろんな意味でドキッとした。
まず神様の声が冷たすぎること。次に神様の顔が近く、耳に吐息が掛かったこと。最後に神様がなぜか俺の肘の皮を持っていること。
最後に関しては本当に目的が読めない。人質みたいな状態なの?
「これは契約成立かな? 海外風の文化に馴染んじゃってる感じで、そういうことでくりっさんと仲良しだってわけだね。うん、理解。そんじゃ付き合ってないのも納得だね。まあまあただのダチだよね当然当然。クリスさんが交際なんてありえないって思ったもんね。うん、なりなーん」
知らない言語を交えながら、高速で捲し立てるように夢前さんは語る。どうしよう。
①苦笑い ②首を傾げる ③尋ねる
-ここは①を選んでしまうわけですかー
聞き取れない部分があまりに多かったものだから、返答のしようがない。
明らかに違和感があっただろうが、誤魔化す気満々な様子で苦笑いをして返すしかなかった。
「なりなーんって何さ。また変な言葉作ったでしょ、伝わらないっての〜」
そういう言葉が流行りか何かなのだと思えば、神様も知らないワードだったらしい。
「納得理解納得でなりな、伸ばしてん付けたらなんか可愛いじゃんって、そういうことだよ。それくらいわかるっしょ。少なくともウチはわかる」
「いや、わかんないよ〜。たぶんそれでわかるのは星香ちゃんだけ」
ここまで神様が心強く思えることはない。
やっぱりそういうところでは神様は常識人だから助かる。真面目なときにはちゃんとしてくれている。
俺を超えて空気が読めないところがある人だから、ちゃんとしてほしいところでちゃんとしてくれないところはあるけどね。
「そういうとこ、ノリ悪いよね」
夢前さんはそう言ってからにっこりと笑う。
「お試し期間でウチと付き合ってね。別にクリスさんにゃあ無関係なんでしょ?」
忘れていなかったのか。お試し期間で付き合うって、どういうことなんだ。どうしよう。
①お試しだから ②お試しではなく ③断る
-ここでも①を選んでしまうわけですかー
すぐに俺がモテないただのコミュ障男だとわかって、飽きて付き合うなんてことは止めることだろう。
二日もすれば振られることになるだろうし、その短さでこの軽さなら、俺だって傷付かずに済むことに違いない。
だって、いくら俺でもここでは勘違いしていないさ。
まさか本気で夢前さんが俺のことを好きなわけではない。
お試しとは言ったって、これ自体が冗談かもしれない。
神様が言うような、単なるわかりにくい冗談なのかも……しれない。
「ワタシ、あの人苦手だな〜」
夢前さんがいなくなると、急激に疲れた表情で呟いた。
「キャラが壊れることを言うと、翌日には誇張して学校中に広まっちゃうから、他の人にも増して気を付けなくちゃなんないし。その点、キミと話すときは気が楽だよ〜」
「顔が狭いって言いたいん?」
「うんうん、よくわかったね、正解だよ〜。星香ちゃんの言葉はキミには伝わらなかった。でも、ワタシの言葉はキミに届く、伝わる。そしたら一歩ワタシがリードだね。どうせ付き合ってるって言っても、何もしないままキミと星香ちゃんじゃ一日二日で別れちゃうだろうし」
声はとっても明るいのに、神様の顔から笑顔は消えていた。




