遠
ゆっくりと彼女は口を開いたが、またキュッと閉じた。
「二人きりになった言うよ。それじゃダメかな? ちょっと待っててね。言いたいことがあるから、聞いて欲しいんだ」
つまりは運転手には聞かれたくない話だということなのだろう。
「待つ、そして聞くよ、もちろん」
こんな答えしか返せなかったけれど、神様はふんわりと笑ってくれた。
「ありがと」
彼女の正直なところは、こうした素直さになると反則レベルに可愛らしいものだと思わないでいられない。どうしよう。
①可愛い ②見惚れる ③照れる
-ここは③を選ぶことになりますー
あまりに彼女は可愛らしく笑うから、どうしたって照れてしまう。
そういうところを出して来るのだからズルい。
どこまでも神様は正直だから、天然だからズルいんだ。
媚を売る必要もなければ、可愛いと思われる必要のない俺みたいな奴が相手でも、変わらずに彼女はその可愛さを見せてくれてしまう。
演じられた美少女ではないから、彼女は本当にズルいのだ。
「ワタシたちは二人ともお金を持ってない。ってことは、買い物のときは一緒にいてくれないとだよね~。でもでも、ずっと一緒にショッピングって言うのはお互いに嫌でしょ? 全員が嫌な思いをすることになっちゃうもん。そしたらどうしよっか。バラバラで回って、買うよってときだけってことで良いのかな~」
「お金を渡しておきますよ。レシートだけ受け取ってくだされば、あとはどう使われようとこちらから申し上げることはありませんから」
神様の言葉を聞いて運転手から返ってくる。
「あ、なるほど。天才かよだよ~。わかった! レシートね、覚えていようとする努力はするね。忘れちゃってたらそこはゴメンってことで、先に謝っておくね~」
やれやれという様子で、怒る気もないようだった。
神様のことを怒れる対等な立場ではないからということも、もちろんあるのだろうけれど。
「ここで大丈夫ですか?」
「え? うん、オッケーだよ~ん。ありがと~。それじゃ、早くお金渡して?」
近くのショッピングモールに連れて来られて、車から降りると神様はにっこりと笑う。
満面の笑みではあるのだけれど、ちゃんとお礼まで言っているのだけれど、最後の言葉で台無し感がすごいね。
そうなんだけど、そういうものじゃないでしょ。
「はい、どうぞ」
運転手が取り出した万札を受け取った神様はくるりと一週回った。
喜びを表すサービスなのだろう。どうしよう。
①褒める ②見惚れる ③呆れる
-ここは②になってしまいますー
そこまで可愛くされると、どうしたって見惚れてしまうものだ。
「ちょっと、そんな目で見ないでよ~。冷たいな。可愛いくらいは言ってくれたって良いんじゃないの?」
俺の表情をどう判断したのか、頬を膨らませて神様は俺を責める。
そんな目って、どんな目に見えているのだろう。
「可愛いね」
「何それ、感情全然入ってなくて、すっごいムカつくんだけど!」
言ってくれても良いというから言ったのに彼女には怒られてしまった。
しかしそれでも彼女は可愛いから、全く怒られているという気はしない。
実際に起こっているわけではないわけではないだろうからというのもあるのだろうけれど、それにしたって、可愛さを見せ付けようと思っているのでなく彼女は素でこれなのだろうか。
可愛いと言ってくれとは言うものの、それを促す行為をわざとしているようではない。
自分の可愛さを知っている、またはそうしたらそう言われるものだと常識的に判断して認識してしまっている、あるいは、最早持ちネタのような使い方をしているのか。
何をどう考えているのかさっぱりだが、彼女の可愛さは間違いない事実だった。
何をしていなくても可愛いのはそりゃもちろんだし前提のようなものなのだけれど、それだけではなく彼女は言動までが愛らしい。
そんな顔をされてしまったら、見惚れるしかないじゃないか。
「もう良いから、早く行こうよ。いつまでそんなところに突っ立ってるわけ?」
彼女の可愛らしさに撃ち抜かれて、見惚れてしまって、それから回復するところまで至っていない。
それなのに彼女は更に仕掛けてくれるからズルい。
俺の手を握って、楽しそうに駈け出したのである。どうしよう。
①引き摺られる ②引っ張られる ③引き返す
-ここも②となりましょうかー
どこを向かっているのかもわからなかったが、彼女に手を引かれるまま引っ張られていく方へと俺は連れられて行った。
目的地を俺は持っていないようなものだ。
衣装を買うとは言われても、そんなもの俺まで必要だとは思えない。
そもそも何を着たって神様がパーティの基準に持っているほどの正装を俺が出来ようはずがないのだ。
庶民の感覚を持っているだろうと思われる祭ちゃんも衣装なんて持っていないんじゃないか?
しっかりしたパーティ用の衣装で誕生日を祝われることなどあるものでもないだろうからね。どこの金持ちだという話になってしまう。
ない、よね。あるものでもないのだろうことであってるよね?
俺が誘われていないだけとかじゃないでしょ?
だって高校生の誕生日パーティに、衣装の用意なんてしないでしょ。しないでしょう、きっと、たぶん。
バイトをしているとしても、そんな贅沢をするほどの金を持ってはいないだろうからね。
「あっそうだ、歩きながら話すよ、ながらだけど、ちゃんと聞いてね。聞くんだからね」
俺がボーっとしているのを感じ取れたのか、神様は念を押してまでくれた。




