て
「まあ、別に構いませんわ。断られることなどありませんから、貴重な経験をさせて頂けましたもの。わたくしを知らなかったことに始まり、あなたは普段のわたくしでは味わえない気持ちを味合わせて下さいますのね。それには、お礼でも言っておくべきでして?」
わかりやすく何度も変化する彼女の表情は、本当に彼女の心情を表しているのだろうか。
そう思ってしまうほどに、さっきの不機嫌や怒りは綺麗になくなり、今度は愉快そうな顔をしている。どうしよう。
①疑う ②警戒する ③信じる
ーここで②を選んでしまうんだそうですー
ああ、最初に感じてしまった、籠の中の小鳥というイメージが離れない。
閉じ込められて完全に自由を奪われながらも、大空の夢を奪われてしまって、それでもそのことにすら気付かない。
大きく羽搏いたことさえ、一度もないのかもしれない。
食べ物はいつも同じ時間に与えられるし、最高の寝心地を持つ寝床が用意されていることだろう。
何に不自由することもないからこそ、自由も全て奪われてしまっている。
なんだか上手く説明出来ないんだけど、最初に見た琴音さんのその姿は、籠の中の高貴な鳥としか思えなかった。
あそこまで感情が読めない、美しい微笑みを浮かべられる人だ。
そんな人がこの細かい出来事に一喜一憂して、表情まで変化させると思うか?
ありえないだろう。
だとすれば彼女は、わざとこうして表情を作っていると言うことになる。
琴音さんのことを詳しく知っているわけではないが、琴音さんならばもっと上手く表情も作れると思うんだよね。
本当の琴音さんとはどんな人なのだろうか。
興味は尽きないけれど、それを本人に訊ねていく勇気はないし、本当の彼女を見せてもらえるほど、俺と彼女が近しい存在になれるとも思わない。
結局、このままだと俺も琴音さんのファンになってしまいそうなところである。どうしよう。
①聞いてみる ②訊いてみる ③諦める
ーここでは③を選んでしまうんだそうですねー
踏み込む勇気などないのなら、諦めるしかないのだろう。
一人で俺がそこまでの流れを脳内で繰り広げていると、その光景が異様なものに映ったのだろう。それか、ツボにはまっただけなのか。
おっちゃんが大爆笑し出してしまう。
「ちょっ、お父様? 笑っては失礼ですわよ」
琴音さんがそれを抑えさせようとするけれど、逆効果なようだった。
おっちゃんはそんな状態だし、琴音さんもなんか無邪気な子供のように見えるくらいだし。
二人の姿に俺はどうしたら良いのか判断しかねる。
そういえば忘れていたけれど、俺はこの店に買い物をしに来た客なのである。どうしよう。
①買い物を済ませて帰る ②ナンパする ③見ている
ーここも③なようですよー
関係としては、店員に絡まれた客。
激怒しても良いくらいだ。全てを無視して、買い物をして帰ることも出来るわけだ。俺にはそうする権利がある。お客様なのだから、付き合う必要の方がない。
しかし、急いでいるわけじゃないから、と思ってしまう。
「ごめんあそばせ。よろしければ、お詫びの品として受け取って下さらないかしら」
面白いから見ていたのだが、おっちゃんの大爆笑が終わると、琴音さんが本当に申し訳なさそうな表情でそう言ってきた。
琴音さんの表情を素直に信じようとは思えないが、別にその表情は嘘でも良い。
お詫びの品。
その響きに素敵なものは感じないけれど、無料でもらえると言うのはかなり素敵である。
先程同様、受け取るか受け取るまいかと考えているうちに、体が勝手に受け取ってしまっている。
これは反射だから、仕方がないことだと思う。
「ありがとうございますっ!」
嬉しくて声が上擦ってしまう。
「なんだか不思議なお方。とても、可愛らしいお方。虐めたくなってしまいますわね」
帰り際、不穏な声が聞こえた気がしたけれど、あえては気にせず俺は帰宅することにした。
よく考えてみれば買い物という目的は達成出来ていないが、空も暗いし何を買う気にもなれないし。
当初の目的は買い物だったとしても、こうして無料のものをもらってしまうと、ものを買うことが馬鹿らしくなる。
そうして俺は、クズへと成り下がっていくのだろうか。どうしよう。
①買い物する ②帰る ③もっともらいたい
ーここは②ですよー
また明日、買い物をする気分になってから買い物はしよう。
弁当の残りとコロッケを食べたから、今日の夕食はそれで十分だ。
元々量は食べる方じゃないし、生きていけるだけの栄養を摂取していれば大丈夫。
明日の朝食と昼食は野菜だけ。そうなってしまうが、そこまで珍しいことでもないので気にすることはない。
野菜は体に良いっていうし、心配することないよね!
無理矢理気味だが自分を納得させると、俺は帰宅し、使わなかった財布を元の場所に戻す。どうしよう。
①勉強 ②運動 ③ゲーム ④風呂 ⑤食事 ⑥寝る
ーここは④を選びましょうかー
商店街で遊び過ぎてしまったせいだろうか。帰宅の体力が残っていなくて、異様に時間が掛かってしまったせいだろうか。
それはわからないけれど、俺が家に着いたときにはもう外は暗かった。
だから食事や勉強、ましてゲームなどをする前に、先に風呂に入ってしまおうと思う。どうしよう。
①部屋の風呂 ②銭湯 ③温泉
ーここでは②を選びますー
昨日と時間も変わらないし、もしかしたら、また会えるかもしれない。
あの美女に会えるかもしれない。
同じ学校に通っていながら、名前も知らないあの美女に会えるかもしれない。
期待を込めて、俺は銭湯へ行くことにする。
まあ、会えないとしても俺は銭湯に行くけどね、普通に。




