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天沢さん自身も言っているように、この家の壁は薄く、頑丈だとは言えそうにもない。音だって丸聞こえなのだろう。
トイレから部屋がそうなのだから、隣の家との境界もそうなのではないだろうか。
だとしたら、こんなに叫んだら迷惑レベルなのではないのだろうか。
「あまり出掛ける先がないのでしたら、同じ部屋にいるともバレないでしょう。この部屋に天沢美海がいるとも思われないことが幸いして、こんなに美女なのに見張りもストーカーも家を突き止められていないのです。その、ですから、それに同じ部屋に住んでるってほざいたところで、だれも信じはしないでしょうし」
戻ってきた天沢さんは提案をしてくれる。
冗談ではなくて、彼女の動揺が本気で言っているのだと伝えてくれる。どうしよう。
①賛成 ②反対 ③不安
-ここで迷わず①を選んでしまうのですー
そんな顔で、そんなことを言われて、反対なんて出来ないだろ。
「……それもそうですね。天沢さんが良いなら、大賛成です」
答えてしまって、多少の後悔はあった。
もう引き返せないということになってしまう。
「明日は、友人たちと食事をしたり買い物をしたりする予定です。朝から晩まで家を空けることになると思いますから、その間に家に帰って、ゲームを全て持ってくると良いでしょう。それと、お金は持ってきておくと良いと思います。それとそれと、食材を献上してくれるように。家にある限り、全部!」
「了解です」
同居というよりも合宿だと思わないでいられない。お泊り会という可愛らしい感じじゃない。
ときめきもどきどきもあったものじゃないが、元々一緒にゲームをやるためにそうしようと言っているのだから、合宿のようなものかもしれない。
それにどんなシチュエーションを用意したところで、どうして天沢さんが俺にときめくことがあるものか。
ただのゲーム仲間、ゲームについて話せる人。
その関係ほど素晴らしいものはない、今はそう思う。どうしよう。
「今日はとりあえずゲームをプレイするにあたって、そしてゲームを購入するにあたっての極意を伝授しては貰えないでしょうか。おねしやす!」
武道系の熱血漢感を出して叫んでくれた。どうしよう。
①了承する ②快諾する ③却下する
-ここは②としましょうかー
俺が天沢さんと一緒にいられる理由なんて、それしかないんだ。
それに俺は天沢さんに靡かずファンだなんだと騒がなかったから、彼女はこうして俺を信じてくれているんだ。
下心を払い去って、ゲームに向き直る。
真剣に彼女はゲームを愛しているんだ。
リアルが残念だからゲームを逃げの場所として用いていた俺とは違う。
それでも俺をゲームの師匠のように思ってくれているのだ。
「自己流ですが、俺の意見で良ければ、いくらでもお話ししますよ」
彼女はにっこりと笑った。
興味部深そうに聞いて、相槌まで打ってくれるものだから、好い気になってしまっていたのだろう。
受信も着信も時間も気付かず、話し込んでしまっていた。
これではすっかり天沢さんの虜である。
「さすがにお腹空きましたね」
疲れてそう言うと、立ち上がって天沢さんはどこかに消えた。
暫くするとパンが飛んできた。
「食え。お礼だ泥棒!」
お礼なら泥棒じゃないだろうよ、天沢さん。
しかしパンというのは中々にありがたいアイテムだ。どうしよう。
①食べる ②返す ③買う
-ここは③を選ぼうとしますー
経済的に天沢さんだって苦しいのだろうから、俺に奢ってくれる余裕はないだろう。
彼女のことを金持ちだと思っている人に、それらしい姿を見せなければならないし、それなりのものは持っていなければならない。
そういったことにお金は使いたいに決まっている。
あとはゲームを買うのにもか。
少なくとも、俺のために払うパンはない。
「代金は明日払いますね。生憎、今は持っていませんので」
「いりませんよ。それくらい差し上げます。金持ちではありませんけれど、心まで貧乏になってしまいたくはありませんので、そこのところお願いします。この強がりをありがたく受け取ってください」
俺にはそれが出来ないから、彼女はすごい人だと思う。
努力して努力して努力して、努力を重ねて人望と人気を築き上げているのだから。
けれど言ってしまえばそれは見栄なのだ。
見栄を張るために、彼女の現実は窮屈しているのだ。
見方によっては賢いと呼べるものではないのかもしれない。
「わかりましたか?」
惨めな俺の方が、身の程を弁えている点では……。美しさをひけらかさないで、自分の好きなようにしている雪乃さんの方が、主観的な充実さとしては……。
それでも尋ねてくれる彼女の笑顔は輝きに満ちていた。どうしよう。
①わかりました ②わかりませんよ
-ここは①を選ぶというものですー
彼女がそうありたい姿が、理想がそこにはあるのだ。
その邪魔をするほどの意志を俺は持っていなかった。
「わかりました」
要望通り、強がりをありがたく受け取るのが精一杯だ。




