つ
最初に比べて彼女の表情が和らぎ、少しだけ近寄りやすさを帯びたのは、俺が琴音さん目当てでやってきたわけではないと気付いたからだろうか。
しかしだとすれば、俺はラッキーだな。
通っている八百屋に、たまたま美人の娘さんがいるなんて。どうしよう。
①我慢なんて出来ない ②我慢 ③手に入れる
ーこんなの②に決まっていますー
でも手を出すとか、そういうことは考えていないよっ?
だってこんな美人さんが、俺のことを男として認識してくれると思う?
そんなわけがない。
俺が告白出来たとしても、微笑みながら流されるに決まっている。
「あっでも、出来れば、このわたくしの家は明かさないようにして下さる? 辛うじて今はまだ知られていないようですけれど、これからどうなるかわかりませんわ。わたくし、店にお客様が増えるのは嬉しいと思っていても、野菜への愛に欠ける方はお断りですの」
なるほど。八百屋の娘として、その魂はしっかりと受け継がれている様子だった。
うんうん、実家想いの優しい娘だ。ファンの人たちも、彼女の想いをちゃんと尊重するべきだよね! 知らないけど。
でも、何かあったのだろうか。
そうじゃなきゃ、こんなにもあからさまに態度を変えたりしないよね。
ファン自体を嫌がっている、という様子じゃないんだけど。どうしよう。
①聞く ②訊く ③踏み込まない
ーここは③を選びますー
まだ初対面だし、親しくなったわけでもないのに、いきなりそんな質問はないよね。
そうしてグイグイ行ったりしたら、逆に嫌われてしまうかもしれないし。好かれることは無理だとしても、せめて嫌われないようにいたいし。
彼女に詰め寄る人は沢山いると思うから、きっと俺はその中で特別になんかなれない。
そのことを考えたら、人見知りを抑えてまで踏み込んだ質問に及ぶ必要もないだろう。
恋人を作りたいと思うのならば、高望みをし過ぎないことも大切だ。
「わかりました。どうせ学校では限られた人としかほとんど会話もしませんし、大丈夫だと思います」
自分で言っておいてなんだけど、こういうことって結構悲しくなるね。
そもそもの友達が少ないから、他人と会話さえも出来ないなんて。ああ、会話さえも。
悲しいよね、そういうの。
今更そんなことを嘆いていたって何も始まらないから、悲しいとか思いたくはないんだけどね。
愛され過ぎて辛いとか、美し過ぎるのは罪だとか、一回で良いから言ってみたい。なんて思っていないんだからね。
「なんか、申し訳ないことをしてしまった気分ですわ。それでしたら、わたくしが話し相手になって差し上げても良くってよ? 約束を破らないか、見張る意味も込めまして、ね」
これ以上は会話を続けられないと、野菜へと視線を向けていた俺に、琴音さんからそんな声が掛かった。
信じられないような内容だけれど、彼女は確かにそう言ったのだ。どうしよう。
①喜ぶ ②拒絶する ③戸惑う
ーここでは②を選んでしまうのですー
嬉しかった。本当は嬉しかったんだ。
「嫌ですっ!」
だけど俺はそう言った。いや、だからこそ俺はそう言った。
俺と琴音さんとでは、住む世界があまりに違っている。
話し相手になんて出来るはずもないし、そうなって頂くわけにもいかなかった。
「お前、琴音が美女じゃねぇとでも言うのか? こんな美女、他にゃ存在しなかろうに」
驚きの声を上げたのは、おっちゃんだった。
琴音さんもまさか断られるとは思っていなかったらしく、かなり驚きの表情をしている。どうしよう。
①訂正 ②拒絶 ③戸惑う
-今度は③を選びますー
嫌と言うのではなくて、他に何か断り方があったのではないだろうか。
俺だって別に、琴音さんと一緒にいるのが嫌だったわけではない。むしろ、それが許されるのならば喜んで、といった感じである。
それでも、俺と琴音さんは一緒にいられるような関係じゃない。そんな存在じゃない。
うぅ、どうしたらいいんだろう。
もう今更、表現の仕方を間違えたとも言えないし。
本当にただ、住む世界が違うからと思って遠慮しただけで、琴音さんが嫌いなわけではなくて。
どんな言葉を使えば、この気持ちは伝えられるのだろう。なんて、ラブソングみたいなことを考えてしまう。
コミュニケーションが苦手だって、それはわかっていたけれど、まさかこんなことになろうとは。
琴音さんからのお誘いを断ったと知れたら、ファンの方々は俺をどう思うのだろう。
ファンからの目を気にして断るのに、結局はファンの恨みを買わなければならないのか。
「もちろん、美しいお方だとは思うのです。俺と一緒にいるには、相応しくないお方だと思うのです。だから、お断りさせて頂きます」
戸惑いながらも、弁解を含めてなんとかそう告げた。
すると驚いていた琴音さんの顔が、意外にも怒り色へと染まっていった。どうしよう。
①戸惑う ②宥める ③怒る
ーここは①を選びましょうー
どんなときも微笑み続けている、作られた仮面少女。そんな感じの女性なのだと勝手に感じていた。
しかしそんなことはないらしく、表情豊かで変化もわかりやすい。
その表情が明らかに怒りであることはわかるのだが、その理由はさっぱりわからなかった。
戸惑っていないで、ここでイケメン対応を取れれば完全にリア充へと一直線だろう。
「どうして、そんなことを仰いますの? わたくしが誘って差し上げた、それはつまり、このわたくしが相応しいと判断したということですわ。それなのに否定なさるなんて、わたくしの判断が間違えているとでも仰るのかしら」
怒りの理由も意外と単純だった。
なんて、そんなことを思っている場合でもないのかな。
不機嫌が丸出し、その中にやはり驚きも残っている。なんだろう、第一印象からは想像も出来ないような表情だ。




