美
会いたいって、この人は正気なのか? どうしよう。
①肯定 ②否定 ③ときめく
-ここは②を選ぶことにしましょうー
いけないことでしたよねだなんて、それはもうわざとだとしか思えないじゃないか。
「いいや、そんなはずはありません。悪いことであるはずがありますか。だってあなたはそんなにも美しいのですから」
それは本心だったけれど、隠せないほどの本心だったから、わざとわかりやすく口にした。
「からかわないでください」
拗ねたように、彼女がこう言ってくれることがわかっていたから。
もしかしたら、天沢さんともなれば、逆の可能性だってあるだろう。逆に、逆の更に逆なのだ。
俺が彼女なら反対に取るのだろうと正直に言ったのではなくて、俺がそう思うと思って彼女が言ってくれたのではないか、ということだ。
それは考えすぎか。
「どう考えたって私は美しいですけれど、そうもまで言われてしまいますと、恥ずかしくって仕方がありませんなぁ。がっはっは!」
「恥ずかしがっている人は、そんな笑い方はしませんよ」
「えぇっ? 何を言っているんですか。乙女らしい、お淑やかなこの照れ笑いに対して、何を言っているというんですか!」
「どこがぁっ?!」
またテンションが上がってしまって、息切れした。どうしよう。
①落ち着く ②止める ③逃げる
-ここは③を選んじゃいますよー
天沢さんと話しているとテンションが上がってしまうし、息切れするくらいテンションが上がってしまっているくらいなのだから、おかしなことを口走らないとも限らない。
きっと彼女なら何を言っても受け入れてくれるだろうとは思うけれど、「さすがにそれはないわー」だなんて思われてしまっても辛い。
ただでさえ裏表がある彼女だから、明らかにこれ以上の素があるとは思えない様子ではあるけれど、裏で何を言われるかわかったものではない。
俺とはまた別のところで見せている裏があるかもしれないから。
だって自分だけが特別だなんて、どれほど簡単に詐欺に引っ掛かる人間かということだ。天沢さんを疑うことはないけれど、勘違いの恥ずかしさはあるだろう?
とにかく、晒しきれない俺がまだいるのだ。
「もうそろそろ真面目に話をしましょうか。呼び出した理由を、正直に話してもらいますよ」
落ち着いたところで、彼女から仕掛けられたらまた簡単に乗ってしまうに違いがないのだから、最初からそこから逃げた。
この手段の卑怯さはわかっているが、天沢さんを疑うという形で卑しい自分を映した。
そうしたら調子に乗っていられないことが、わからない自分ではないからね。
「あっ、何日か予定が空きました。ですから、空いた予定にあなたを入れたいと思うのです。動かせそうな予定をできるだけ片付けてしまったのですよ」
まだ構えが整っていないうちに、さらりと彼女は答えてくれた。
空いた予定に入れたいと思っただなんて、冗談じゃなさそうな、上手すぎる表情がまた卑怯なものである。
本気で信じてしまいそうになる。どうしよう。
①笑う ②困る ③泣く
-ここは①となりますー
まさか俺なんかのために、動かせそうな予定を動かしてしまっただなんて、そんな申しわけないことが許されるのだろうか。
俺は天沢さんのために飛んできたわけだけれど、元々あの空間から抜け出す糸口が見つからないでいたから、ちょうどいい逃げ道とばかりに飛び付いただけだ。
合わせたのではなくて、利用したのだ。
「はははは、はっははは。本当にそんなことをしたんですか」
つい爆笑をしてしまった。
だって天沢さんがそこまでしてくれただとは、嬉しさを超えて面白さや愉快さしか残っていないというものだ。
「そんなに笑わないでください。私のことをどう思っているか知りませんけれど、きっとあなたが思っているよりもずっと、ずっと私はあなたとの時間を大切にしているんですからね。それに、楽しみなんですよ、友だちとショッピングなんて初めてですし、他人とゲームを買うなんて初めてですし、初めてが重なっている日を予定として持っているのですから」
慌てた天沢さんの気持ちはわかる。
思っているよりも、俺との時間を大切にしてくれている。友だちとショッピングの約束をしたことも、他人とゲームをしたことも、俺にだってない。
けれど彼女は予想外な緊張をたしかに伝えてくれている。どうしよう。
①笑う ②励ます ③抱き締める
-ここはなんと③を選ぶのですー
動きに迷って、言葉に迷って、存在に迷って、いつの間にか天沢さんが俺の腕の中にいた。
「ど、どうしたんですか……?」
戸惑う彼女の麗しい声が耳元で響く。
「楽しみにしているのは俺だって同じです。こうしていると、天沢さんがどきどきしてくれていることが伝わってきてくれて嬉しいですね。緊張している様子もドキドキしている様子も、天沢さんが生きているってことも、よく伝わるので嬉しいです。幸せですね」
当然に俺だって緊張しているのだしドキドキしているのだが、本当に予想外なまでに彼女の胸の鼓動が伝わってくるのだ。
ここまで天沢さんが初心だとは、本当に本当に予想外なことなのだ。
「止めてください。恋しますよ?」
花のようなふんわりとした笑みで、天沢さんは囁いた。
変わらない背の高さが、俺と天沢さんの顔を近付けた。




