末
天沢さんといるときやコノちゃんといるときには、ならではの居心地の好さがある。
雪乃さんと一緒にいるのは楽しい。
だとしたら、俺の方に問題があるのであって、元より一人でいた俺にとって、大人数でいることが辛く思えているのではないだろうか。
二人きりという表現をさえしなければ、二人という人数は俺には楽なのだ。
その甘えを神様のせいにして逃げてきてしまった? どうしよう。
①戻る ②謝る ③気にしない
ーここで魔法の言葉③を選びますー
気にしない。気にしない。そういうネガティブなことは、気にしなければ良いのだ。
ポジティブに考えるというのは、出来たらしているという話であるから、せめて気にしないでいられるよう努力しよう。
そんなことばかりでは、隣にいる人に失礼だろうから。
「ところで、あのメッセージはなんだったのですか。意味がわかりませんでしたよ」
反論をすることなく、かといって負けを認めることもなく、話を変えて俺は尋ねた。
「そういえば、褒めてもらっていませんでしたね。ホメテ、イイコデショ?」
責めているくらいのつもりだったのだけれども、それを丸っきりスルーして、彼女は彼女で俺を引き込もうとした。
自分のフィールドに引き込んだ方が勝ちと言えるもんな。
って、なんでまた勝負をしようとしているんだ。どうしよう。
①褒める ②ホメル ③貶す
-ここは①を選ぶことになりますー
むしろ張り合わない方が勝ちなような気がして、俺はまたハッとする。勝ちと言っている時点で、勝とうとしてしまっているじゃないか。
どうしてか、天沢さんといると勝負をしたくなってしまうのだろう。
「ええ、ええ、すごいですねー。さすがは天沢さんですねー」
適当に褒め言葉を言っておきながらも、俺の頭はその不思議でいっぱいだった。
「ちょっと、適当すぎやしませんか。全くもう、ノリが悪い人ですね。ここは、言い方も言葉も重視すべきところですよ。って、一ミリくらいは興味を持ってくださいよ!」
「興味、持ってますよ。一ナノくらい」
「そんなに? じゃねーよ! 一ミリくらいは持ってくれって言っているんです!」
漫才でもやっている気分になって、おかしくって笑ってしまった。
「「っぷ。あはははは、はっははは」」
二人して笑ってしまって、笑っているのがまたおかしくって、笑い転げてしまった。
考えてみれば、面白いことなどそれほどないのだけれど、それが楽しくって面白くって仕方がないのは、夏休みのテンションと、夏の暑さのせいということにしたかった。
本当は夏ではしゃぐようなタイプでもないのだけれどね。
「なんかおかしいですね」
「本当に、なんらおかしくないのに、おかしいですね」
そう言い合って、また二人で笑い合った。
笑い飛ばしたいことがお互いにあったのかも、なんて。どうしよう。
①笑う ②話す ③黙る
-ここは②を選びましょうかー
結局、何も話は進んじゃいないのだけれど、それが面白く感じられてならない。
「で、どういうメッセージだったのかと聞いているんです!」
質問をし直すと、今度は半端ないほどの真顔。
表情が消えるとかえって元の顔の美しさが際立つのだからすごいよな。
「意味などあるわけないでしょう。何を今更なことを言っているのですか。天沢さんの脳内は、無駄と変態で出来ているんですよ」
「自分で言うもんじゃありませんよ。事実ですけど」
「今のは否定してくれる流れでしょう? というか、自分で言うものじゃないって、他人に言われたらそれはただの悪口としか思えないのですけど? ああでも、言い方によってはありですね……」
自分で天沢さんを名乗った時点で危ないとは思ったけれども、無駄と変態で出来ているとはまたまた。
うん、頭の中で繰り返してみても間違えなく事実だ。
学校にいる天沢先輩は清楚系美女なのかもしれないけれど、目の前に入る天沢さんの頭を満たすのは外から見ても無駄と変態だ。
否定は出来そうにもない。どうしよう。
①否定 ②肯定 ③進める
-ここは③を選ぶことになりますよー
こういう当然の事実は言うまでもないものだとして、それよりも話を進めよう。
楽しくて、つい話が脱線してしまう。
本当はそれでも良いのだが、俺とは違って天沢さんは忙しいのだから、明日となってはまた別の予定が入ってしまっていよう。
つまりはちゃんと話をしなくちゃいけないと思う気持ちもあるというわけだ。
呼び出したと思ったのは俺の勘違いな可能性もあるにしても、連絡をくれたからには何か伝えようと思ったことはあるはずだ。
あの連絡自体には彼女の言っているように意味などないんだろう。
だけど連絡をしたということには意味がある、よね。
「それじゃあ、理由もなく送って来たのですか? 何かあったのかと思って、せっかく人といたのを断ってこちらへ来たというのに、用もないというのですか」
実際は気まずくなって、丁度良いとこっちへ来ただけなのだが。
「申しわけないとは思いますよ。でも、優先してこっちへ来てくださったのは嬉しいですね。直接会って話を出来る機会がほとんどないから、つい呼んじゃったんです。文面に意味はありませんでしたけど、それでも会いたいという気持ちは伝わるかと思って。やっぱり、いけないことでしたよね」
天然なのか養殖なのか天沢さんならどちらとも考えられたか、どちらにしても彼女の美しさが今日は得に輝いて見えて仕方がなかった。




