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状況の収拾がつかず、どうしたら良いかわからないでいたところ、最高のタイミングで連絡が入った。
天沢さんより、『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』という、恐怖のメッセージだった。
続けて今度は『アナタノコトガスキダカラ、アナタノレンラクサキ、シラベタノ……。ホメテ、イイコデショ?』という全文が片仮名な更なる恐怖のメッセージだった。
意味不明だが、これは都合が良いかもしれない。どうしよう。
①天沢さんのところへ ②家へ ③ここに
-ここで①を選択してしまうのですよー
逃げよう。今なら逃げられる。これが逃げるきっかけになる。
三人を巻き込んで申しわけないけれど、完全に俺が悪いことなのだとはわかっているけれど、だからこそ俺は退散した方が良いような気がした。
逃げるだけのことだけれど、俺が悪いし俺のための行動だし、そんなことはわかっている。
これで俺がどう思われようと仕方がないと思ってる。
だけどこの場から逃げ出したかった。何も出来なかった。
「ちょっと、呼び出しがあったので、そっちへ行きますね。なんか、本当にすみませんでした」
特にコノちゃんには、俺が呼び出してしまったのに、とても悪いことをしたと思っている。
まだそんな機会を与えてもらえるんなら、あとで三人にそれぞれお詫びをしなければならないだろう。
尽くせるだけ尽くして、精一杯のお詫びをしよう。
それと天沢さんにもお礼をしないとだな。
タイミングが良かったというだけで、彼女のしたことといえば、迷惑メールの送信くらいのものではあるのだけれど、そんなことを冷静に思っちゃいけない。
結果として彼女に救われたのだから、彼女にもお礼はしないと。
「天沢先輩だよね~?」
何を言われる間もなく立ち去ろうとしていたところに、神様が射抜くような視線を向けて、探偵のように鋭く責め立てるように問い尋ねてくる。
答えはわかっていて、質問をしている様子ではなかった。どうしよう。
①頷く ②肯定する ③否定する
-ここは②を選びますー
嘘を吐く必要などないし、嘘を吐かせない雰囲気でもあった。
「ええ、天沢先輩ですよ。どうしてわかったのです」
こちらが質問に答えたのに、神様は答えようとはしなかった。
「早く行ったら? マドンナ先輩のところへね~」
こんな刺のある言い方をされてしまって、行きづらさはもちろんあった。
そうだともとは、さすがの俺だって言えない。
「すみませんでした」
何を言ったら良いものか、とにかく謝ってから、俺はそれこそ逃げ出すまでに家を出た。
『どこへ行ったら会えますか?』天沢美海と書かれたその名前に返信すれば、『今日は予定が思いの外早く終わったので、もう一人で家にいますね』と秒返信。
来てくれと言われたわけでもないし、行くと言ったわけでもないけれど、俺の足は彼女の家を目指してしまっていた。
あの空間から逃げ出したいと思っていただけならば、そのまま家に帰ってしまっても良かったのだけれど、律義にも天沢さんの家を目指してしまっていた。
頭の中で文字列が彼女の声で再生されて、会いたい、そう思う俺がいてしまったことを認めたくはなかった。
けれど足早に動く俺の足を止められなかった。
「待ってましたよ」
暑い中外で待っていてくれたようで、俺は彼女の部屋に招き入れられた。どうしよう。
①緊張する ②お礼する ③困る
-ここでも②を選びましょうかー
こんな美女の部屋にいるのだというのに、不思議と居心地が好いと感じられてしまっていた。
神様から向けられる敵意に関してはともかく、雪乃さんやコノちゃんとは俺も仲が良いと俺は思っているのだし、一緒にいて居心地が悪くなることはない。
雪乃さんとコノちゃんとも、仲が良いと俺は思っている。
だからといって神様のせいだと言うわけではない。
「どうやらだれかといたようですね。何か用事がおありでしたか?」
なぜか急接近してきてから、天沢さんはそんなことを言ってきた。
考えていたことなんてどうでも良くなっちゃって、頭の中なんて真っ白になっちゃって、それも当然である。
天沢さんが絶世の美女だってことを思い出させてくれる。
しかし俺を心酔させて、彼女を愛する凶器的な宗教団体に入信させようという目的を持っているでもあるまいに、どうして俺を誘惑する必要があったろう。
そうじゃなくて、純粋に彼女は動いただけで、俺が勝手に誘惑されてしまったというだけ?
「え、あ、はい。同級生の家に遊びに行っていました」
動揺を隠せもせずに、それどころか隠そうともせずに、そのせいか事実も隠そうとは考えもせずに俺は答えていた。
必要のない嘘さえ飾りのように使っていた天沢さんとのやり取りとしては、こうもまでつい正直に答えてしまうのは、初めてのことであるように思えた。どうしよう。
①動揺 ②入信 ③否定
-ここは③を選びますー
どこからどう見たって、天沢さんは絶世の美女以外の何物でもない。
彼女に足りない部分など存在しないと言っても良いくらいだ。表面上の彼女は、正真正銘完璧だった。
だからこそ、俺はときめいたりなんかしちゃいけない。




