波
責められるべきことでは、あるんだろうな。
「蛙ぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ。なんだか忘れてぴょこぴょこりん。簡単じゃないの」
呪文が随分と変わっている気がするが、ドヤ顔で雪乃さんは俺に言ってくる。
なんだか忘れてって言っちゃってるのに、言い終わった頃には、途中を忘れていたことを忘れてしまっているんだろう。
合ってはいないけれど、これなら正解を見ながら言えば、ちゃんと言えるんだろうとは思う。
早口言葉は得意なんだろうな……。
一生懸命頑張っているけれど、一向に言えないでいる神様を見ながら感じる。どうしよう。
①コノちゃん ②神様 ③雪乃さん
-ここで選ぶべきは①でしょうー
その適当な嘘を、雪乃さんは完全に信じてしまっている。
神様はさすがにそんなことないだろうけれど、早口言葉の方が苦手なようで、意地になってしまっているようだ。
今更言っても二人とも駄目だろう。
「コノちゃん、好い加減にしな」
入り込みすぎて、コノちゃんまで話が通じなくなってしまっていそうだったが、そんなことでもなかったらしい。
俺の注意に、反省したように、そして楽しそうに舌をぺろりと出す。
「まさか信じるとは思わなかったんだもの」
悪戯っぽい彼女の笑みは、いつも彼女に申しわけなさそうな表情ばかりさせていることが、どれほどもったいないことかと思わせた。
可愛かった。
普段だって可愛いけれど、笑わせてあげられないことが惜しまれるくらい、彼女は可愛らしい笑顔だった。
つい、見惚れてしまっていた。
「反省はしてるから、そんなに見ないでよ。まさか信じるとは思わなかったんだって、そう言ってるでしょ? コノなんかが、こんな美少女二人に対して、本当に……最低だよね……」
可愛らしい笑顔だったのに、俺が見惚れていたのをどう勘違いしたのか、いつもの申しわけなさそうな表情へと戻っていった。
それが悪いわけではないけれども、やはり笑みの可愛さを取り戻してほしかった。
コノなんか、その考えを取り払いたい。そんなことは俺なんかには出来ないって思ってから、俺なんかという考えに気が付いて、尚更俺には無理だと思った。
雪乃さんや神様のような人なら、コノちゃんも導いてくれるのかな。
三人に仲良くなってほしい、増してそう思った。
理由はどこまでも俺の自分本位なものだった。どうしよう。
①最低だな ②最低だよ
-ここは②を選びますー
最低だな、俺。
だけど、だけどそれ以上に、俺は言わなければならないと思った。
「最低だよ」
コノちゃんに向けて、そう。
自分から最低だよねと言っておきながら、同意をした俺には驚いた様子である。
「どうして自分のことを下げるの。コノちゃんは可愛いのに、どうして気が付けないの? それと、自分で吐いた嘘は、ちゃんと自分で謝るんだよ」
「はい。でも、コノに隠れてアナタも嘘吐きだってこと、ちゃんとコノも見逃さなかったからね」
眉尻を下げて、だけどはにかんで告げる彼女に、俺も頷いた。
神様に対して嘘を吐いたのはコノちゃんだけれど、雪乃さんに対しては俺だ。
完全に信じきっちゃってる彼女に嘘だって教えなくちゃな。
「嘘、なの? 本当だって言ってくれたのに、この私に嘘を吐いたの?」
どう言おうものか考えていれば、どうやら俺とコノちゃんの話を聞いてしまっていたようで、不満そうな声に顔だった。
不満そうだったのだ。
「この私に嘘を吐いたの? ねえ、答えなさいよ」
氷の視線に中てられて、凍えるようだった。
最初に見た雪乃さんはこんな感じだった。
「不思議だなって思ったけど、嘘だって言ってくれなかったら、たぶん私は信じたわ。だって嘘を吐くだなんて思わなかったのだもの。だって私、騙されたことなんて、人に嘘を吐かれたことも、私が嘘を吐いたこともないのだもの」
前半は雪乃さんならありえるだろうが、後半はいくら雪乃さんでも嘘だろう。どうしよう。
①それが嘘でしょう? ②ごめんなさい
-ここでなんと①を選ぶのですー
素直な雪乃さんだから、過ぎてからも騙されていることに気付かないなんてことも、ありえないではないだろう。
意図的に嘘を吐くようなことも、もしかしたらないのかもしれない。
それだけれど、嘘を吐かれたことも、嘘を吐いたこともあるに決まっていた。
「それが嘘でしょう?」
俺の言葉を雪乃さんは鼻で笑った。
「ふん、そうかもね。でもさっきのことを信じたのは本当よ。賢い私だけれど、迂闊にも騙されてしまったわ」
「それも嘘ですね」
「あら、結構な言いざまじゃないの。そんなに言うなんて思っていなかったわ」
髪を掻き上げ苦笑いの雪乃さんを見ていると、本当に彼女が賢いのじゃないかという気がしてくる。
いかに彼女が馬鹿なのか、失礼ながらわかっている。
それなのに何度も彼女の賢さを、その自称を信じてしまいそうになるのは、時折見せる大人びた彼女の表情が、あまりにも美しいからなのだろう。
冷たく美しい、氷の笑みだった。
「コノちゃんも早く言わないと。彼女、頑張っちゃってるよ」
雪乃さんが聞いていただけで、俺からは何も言い出せなかったというのに、自分の手柄だったかのように躊躇っているコノちゃんに言う。
この場を荒らしているのは、間違えなく俺だった。どうしよう。
①待つ ②出る ③協力する
ーここも①を選ぶとしましょうかー
あとは大人しく、コノちゃんを待っていようと思った。




