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雪乃さんや神様がいくら美人だとしても、俺にはコノちゃんほど可愛いと思える人はいないのだと、改めて思わされているような気分だった。
それはまるで、洗脳でもされているようだ。
「まるで催眠術ね」
俺が彼女の視線を探している奇妙さをさすがに気が付いたようで、困ったように笑いながら、ひどく冷めた声でコノちゃんは言うのであった。
「あのさ、一緒に遊びましょうよ。友だちがみんな集まってくれて、私、嬉しいのよ?」
空気が重くなっていたところ、見事に再び葉月くんを寝かしつけた雪乃さんが声を上げた。
なぜだかその声は、だれにも逆らえない力を持っていた。どうしよう。
①遊ぶ ②遊ぼう ③遊べない
-ここは②を選ぶとしますよー
最初から一緒に遊ぶことを目的に集まっているのだから、余計なことばかりを言っていないで、遊んで楽しんでというのが、正解なんだろうと思った。
それじゃあ、俺が変なことを言いださなければ良かったわけだ。
そう思うと、コノちゃんには本当に悪いことをしたと思う。
当のコノちゃんが、雪乃さんといられることを随分と喜んでいる様子だから、これでチャラってことには……ならないかな。
後でコノちゃんに改めてお礼をしないとな。
「それもそうですね。一緒に遊びましょうか」
これまで場を搔き乱してきたのは、よく考えたらば俺に違いなかったのだから、今更になってのことだとは思うが、せめて取り返したくて俺は雪乃さんに重ねた。
一緒に遊びましょうかとは言ったものの、こんな空気にしてしまった手前、それだけじゃあどうにも出来ないよな。
「何しますか? 美少女二人とするのなら、コノはなんだって幸せになれますから、何をしたいかはお二人の意見に任せますよ」
隠してばかりのコノちゃんにしては、人見知りのないこの言葉は、あまりにも意外なことであった。
コノちゃんが笑ってくれるのは、俺にだけだと自惚れてしまっていたのかもしれない。
「さりげなく俺を外すな」
「だって美少女じゃないんだもん、仕方ないじゃない? 相手が美少女だったら黙って従うこともまた幸せだけど、なんで男の意見なんか取り入れて、ましてや従うようなことがあるの? その発想を持っていることそのものが、コノには理解が難しいな」
迷いがない言葉であったので、相変わらずコノちゃんはさすがだと思う。どうしよう。
①共感 ②同感 ③理解不能
-主に③寄りの②となりましょうー
何を言っているかはよくわからなかったのだけれど、なんだか、心に響くような感覚はあった。
かなり理不尽だわ。
そうなんだけど、美少女でもない相手に従うことが、理解に苦しいことも当然といえば当然であろう。
美少女なら何をしても許せるという考えは、共通して持っているものだ。
「また泣いても五月蝿いし、その赤ん坊が起きないように、静かに気遣いながら遊ばなきゃいけないんだよね~?」
喧嘩を売っているとしか思えない神様の発言に、やはり心が広いと言ったら良いのか、雪乃さんは全くもって怒ろうような姿はなかった。
美しい笑顔を少し歪めて、美しく微笑むだけだった。
所作の一つ一つ隅々までが、何をしていたって何もしていなくたって、これだけ美しいのだからそれは狡いことでもあるけれど。
もう、雪乃さんの美しさは反則だから!
好みとか感情とかの前に、彼女の美しさは存在しているのだろう。
「よっぽど騒がなきゃ起きないわよ。一度眠ってしまったら、ぐっすりと眠っていて、起きやしないのだから大丈夫なの。だけど気を遣わせてしまってごめんなさいね」
困ったような答えには、美しいという話ではない美しさがあった。
言い表すことが出来ない、得も言われぬというのは、まさにこういった彼女のような美をいうのだろうと思えた。
美しいという言葉では、彼女の美しさに対して失礼な気すらして来るのであった。
それくらい雪乃さんは美しく笑っていた。どうしよう。
①見惚れる ②抱き締める ③目を逸らす
-ここは①を選びましょうかー
つい見惚れてしまっていた。
見惚れていることしか、もう出来やしないのだった。
「良いの。自分勝手なことわからないでもないし、自分勝手だって言われて何も感じないでもないから、少しくらいは気遣うよ~。赤ん坊はワタシよりも上だって言うんでしょ?」
「優先順位のことですか? だったら、美しければ美しいだけ、その美しい存在が上となり優先されるものですけれど」
不機嫌な神様に即答したのは低い声であった。
どうやら俺の後ろに隠れて、わざと低い声でコノちゃんが喋っているらしかった。
美しければ美しいだけ、その美しい存在が上となり優先されるもの。
コノちゃん(?)の言葉を頭の中で繰り返してみる。
「心の美しさのこと、かな?」
フォローのつもりで放った俺の言葉が、神様に対していかに失礼なものであるかは、言ってしまってから気が付いた。
これだと、まるで彼女は心が美しくないのだと暗に告げているようなものだ。
ストレートではないけれど、こう言われてそう思わないのは雪乃さんくらいのものだろう。
「そ。ならワタシは最下位ね~」
何も思っていなさそうな平らな声は、傷付くことなどないかのようであった。




