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怪しまれるとわかってはいても、その美しさは視線を逸らすことも許してくれなかった。どうしよう。
①見惚れる ②名乗る ③逃げる
ーここで①しか選べないそうですー
仲良くなりたいとか、一緒にいたいとか、彼女はそうとも思わせなかった。
俺とは住む世界が違うような雰囲気を纏っている。
「おっ。琴音、おかえりっ!」
戸惑い何も出来ずに見惚れていると、おっちゃんの元気な声が耳に入った。
琴音って、おっちゃんの娘の名前。いやでも、美人だとは言っていたけれど、まさかこの美女がおっちゃんの娘だというのか。
ただ親バカなだけだと思っていたのだが、こ……こんなにも……驚きを隠せない。
実の娘なのだろうか。
八百屋赤羽を経営する、元気なおっちゃんとおばちゃんの姿が、頭の中に浮かんできた。
目の前の美女とは、どうしても重ならない。
昔は美人だったんだぞ。おっちゃんは、おばちゃんのことをそう言う。しかしこの娘を思えば、かなりレベルの高い美人だったのではないだろうか。
冗談ではなかったとは。
よく見れば、おっちゃんだって整った顔立ちをしている。
吊り合わないだとか、自分はブサイクだとか、ときどき言うことがある。それは奥さんを愛しているという表現なのか、それともネタなのかと思っていた。
しかしまあ、言うほどブサイクではないと思うんだよね。
それを考えたら、ブサイク宣言は少し嫌味っぽくも聞こえるのだから不思議だ。どうしよう。
①父に見惚れる ②母に見惚れる ③娘に見惚れる
ーこれは普通に③にして下さいー
うぅん、それでもやっぱり、この美女とは重ならないんだよね。
お上品で閉ざされたようで、何を間違えてもダジャレを言ったりすることはないと思う。
そう、このテンションの差なんだよね。
あの二人からこの美人が生まれるはずがない、なんて失礼なことは言わないよ。ただ、雰囲気が違い過ぎるじゃない。
本当の本当に、この美女が赤羽家の娘、赤羽琴音で間違いないのだろうか。
「前に話しただろ? 常連客だぜ」
目を合わせることは出来ず、向い合ってお互いに戸惑いの表情を浮かべていた。そんなところで、おっちゃんがそう言った。
「あ、ああ、そうですの。初めまして、わたくしは赤羽琴音と申しますわ。あなたのことは、父から伺っております。いつもありがとうございますね」
琴音。その名前は、実に彼女に合っていると思う。
彼女の声はまるで、琴の音色のように雅で柔らかく紡がれていく。まさに、琴音である。
この美女が俺のことを知ってくれている、その事実は舞い踊りたくなるほどに嬉しかった。
おっちゃん、ありがとう。
「あら、わたくしのこと、ご存知ないのかしら。同じ学校に通っているはずですけれど、一度もわたくしの姿を見たことがなくって?」
自己紹介はして貰ったものの、どうしたら良いのかわからずにいた俺に、琴音さん――赤羽さんだと八百屋のイメージが強くなってしまうので――はそう問い掛けてきた。どうしよう。
①知らない ②知っている ③戸惑う
ーここでは①を選べるようですー
俺だって、どうしてこれだけの美人を見過ごしていたのかと思う。
しかし見たことがないのだから、それは仕方がないだろう。
「すみません。知りません、かね」
嘘を吐いても無駄だと思ったので、正直にそう答えた。
すると、琴音さんの顔は驚きに染まっていく。
表情が豊かで、思っていることが顔に出てしまう。そんなところを見ていると、なんだか親子なんだと思ってしまう。
最初に感じた印象は、いつの間にかガラッと変わっていた。
美女には違いないのだけれど、もう恐怖の表情が払われたように思える。
「このわたくしを知らないなんて、貴重な生徒に出会えたこと、嬉しく思いますわ。罪なまでの美しさを持ってしまったわたくしですから、嫌でも全校生徒にその名が知れ渡っていることとばかり、思っておりましたもの。本当に、驚きですわ」
堂々とナルシストな発言をしているけれど、実際にそうなのだから良いのだろう。
美人が美人だと言って、何が悪い。中途半端な美人が、美人だと自負するからナルシストは笑われるか嫌悪されてしまう。
だけどここまで美人だったら、同性でも妬みの念すら湧いてこないのだろうと思う。
そして言わずもがな、異性ならば魅了されるに決まっている。どうしよう。
①猛アタック ②ターゲットに ③憧れ
ーここは③になってしまうようですー
しかしあまりに美しいので、友達になりたいとかそんなことを思えるはずがなかった。
恋人にしたいだなんて、そんな……とんでもない。妄想することさえ出来ないほどの美人だ。
正直、彼女へ向けられる思いは、愛ではなくて憧れに変わってしまうと思う。
どんなに彼女を欲したところで、実際に行動することなど許されないのだろうと思う。
近付くことさえ躊躇わせるほどに、彼女は美しかったのだから。
「純粋なお客様ならば、わたくしとしても大切にせざるを得ませんわね。このわたくしの美しさがゆえに、着いてきてしまったファンの方だと思っておりましたわ」
本当にそう思っているようで、平然と琴音さんはそんなことを言う。
それもまた、彼女の魅力だとは思うのだけれど。




