太
家の前に立てば、手紙らしきものが戸に貼られていた。
そこには見覚えのある汚い字で、「下僕end外人さんへ」と書かれている。どうしよう。
①読む ②剥がす ③放置
-一応はが①が必要ですー
俺は下僕ではないし、神様はハーフではあっても外国人ではない。
このendというのは、どうせandと書きたかったとかだろう。
「忍者時代の経験を活かして、静かに入っていてちょうだい。だそうな」
普通に解読出来たことが、自分でも驚きであった。
汚さは相変わらずだけれど、意味もわからない上に、誤字まであるのだから。
ツッコミを入れたらいけないレベルの次元の問題であった。
「だれがニンジャ時代の経験を持ってるの~?」
「さあ。雪乃さんの中でどういう認識になっているのか、謎が深いよね。とにかく、伝えたいのは、静かに入って来てくれってことだと思って良いのかな」
「だね~。何があるんだろうね~」
普通に考えたら、葉月くんが寝ているとかだろう。
「驚かせてくるつもりとかだったら、逆にこっちからいっちゃおうかな~。わざわざ家の外にそんなの貼っとくなんて、面白すぎ、まさかふりかな~?」
ワクワクした様子の神様には悪いけれど、とても雪乃さんがそんなことをするとは思えない。
静かに入って来てほしいから、彼女はそう言っているだけなのだ。
「ね~え、また無視なの?」
出来るだけ静かに戸を開いているのに、小声ながらも神様はそんなことを言ってくる。
求められているのがどれほどの静かかはわからないが、言っても良いとしても、そんな言葉は「お邪魔します」くらいのものだ。
俺の解釈を押し付けるではないが、どうかと思うところがあった。どうしよう。
①外に連れ出す ②注意する ③答える
-ここは②を選べるようですねー
今、雪乃さんがどういう状況にあるかわからない。
そして、静かさが求められているのだ。
「静かに入っていてちょうだい、だそうな。会話はせめて雪乃さんのところに行ってからにしましょう」
不満そうな顔であったが、神様はわかってくれたようだった。
口を閉じてくれるだけで良かったのだが、わざとらしく彼女は唇を尖らせていた。
不機嫌になられたって困る。
「あぁ、いらっしゃい。葉月が泣くから、あんまり五月蝿いのは止してね。せっかく一緒に遊ぼうって話なのに、ごめんなさいね」
どうか雪乃さんがいるよう願って部屋に入れば、きちんと彼女はそこにいてくれた。
だれもいなければ、別の部屋へ雪乃さんを探しに行くからまだ良い。これで海夏さんがいたらば、完全に俺は不法侵入者になってしまうことだったろう。
会ったことのない男がこっそり家に入って来ていて、ばったり出くわしてしまったって、本気で怖いもんな。
心から雪乃さんであってくれて良かった。
「私でも気付かないほど静かに入って来るんだもの、突然部屋に入って驚いたわ。さすが忍者だっただけあるわね」
謎の認識がここでもまた発動された。どうしよう。
①質問する ②ツッコミを入れる ③無視する
-普通にここは①でしょうかー
静かに入ってというだけで良いのだが、それじゃ寂しいから何かを付けたかったのだろうかと、無理矢理に強引に考えようとした。
そんなわけがあるか、という話だった。
雪乃さんだもの、ありえないことも本気で言っているよね。
「あの、忍者だったって、だれからその話を聞いたんです?」
言ってから良くなかったと気付く。
なぜバレたのかって、そう思っているみたいな言い方になってしまっているじゃないか。今から訂正は効かないな。
いくら否定したって、隠そうとしているだけになる。
「実はね、春香が私に情報を漏らしちゃったのよ。残念だったわね」
慣れた手つきで葉月くんを抱っこして、背中を優しく叩きながらの、彼女らしい表情と言葉はかなり不一致だった。
母親のようで、年下のようでもある。
最初に彼女を見たときのような、衝撃的なまでの魅力がそこにはあった。
「やっと葉月が寝てくれたみたい。だけど、抱っこしててあげないと起きちゃうから、甘えん坊で困ったものよ。ご機嫌のときだったら、一緒に遊ぶのだって出来るんだけど、まだお眠でね」
それは朝を指定したからでは……、とか思ってはいけないのだろう。
困ったものとは言っているけれど、全く困っているような様子はなく、よっぽど葉月くんが可愛くて仕方がないと見える。
一歳くらいに見える。
これだけ小さな子でも、鬼山家の血を継いでいるのか気になるが、雪乃さんが抱きかかえているものだから顔は全く見えない。
手足のサイズ感だけで、可愛いのは伝わってくるが、それは赤ちゃんは大体そうだ。
そういえば、全く喋らない神様は大丈夫だろうか。どうしよう。
①雪乃さん ②葉月くん ③神様
-ここは②になってしまいますよねー
触らぬ神に祟りなし。
それよりも、今は葉月くんに興味が向いてしまっていた。
「にしても可愛いですね」
「当然よ。私の弟だもの。妹たちだって最高に可愛いことを知ってるでしょ? 私の家族よ、美人でないわけがないわ」
間違っちゃいないが、自分でこうもまで言えてしまうのは、さすがと言わざるを得ない。
というか、雪乃さんに会うたびに、さすがだって思わされているような気がする。




