寸
これで春香ちゃんはどう返すのか、待っていれば、思ったよりも手強い相手だったらしい。
「私は腹黒と言われても構いません。お姉ちゃんのファンがお姉ちゃんを好きでいてくれるなら、好きでいてくれるように、だから……なんて言えば良いのでしょうね。私がどう思われてでも、皆にお姉ちゃんを愛してもらいたいのです」
どこからその咄嗟の演技力と発想力が湧いているのか、とても小学生とは思えないことに、春香ちゃんはそう言うのだ。
役作りをこうもまで徹底出来るものか。
それなら天才女優になれるのではないかと思う。
ただでさえこの面白さでこの可愛らしさ。姉が雪乃さんであることを見るに、成長しても美人になることが約束されている。どうしよう。
①進める ②勧める ③薦める
-ここは①で十分でしょうー
驚異的な才能を持っていることは、雪乃さんにも思う。
その天才さは今更知ったところでもないのだから、とりあえず進めるとしよう。
「止めて。二人とも、美少女な私を取り合うのは納得なんだけど、でも私、だれかのものになることなんて出来ないの。だって私はアイドルだから!」
アイドル役を履き違えているのか、見事なまでにキラキラを振り撒きながら、雪乃さんはそんなことを言っている。
残念という役を遵守したというよりも、至って彼女は真面目にやっているというように見える。
春香ちゃんは本当にさすがだけれど、雪乃さんはある意味でさすがだ。
「すっごいね~。二人とも、もう逆にさすがとしか言えないや」
この二人の圧倒的さすが感は、俺みたいな奴と神様のような人とですら、同じ感想を抱かせるようであった。
「よくわかってるじゃないの。さすが私ね」
雪乃さんの様子を見ていると、本当に春香ちゃんは配役まで含めて天才だと言えよう。
結局、軽い休憩のつもりだったのだけれど、神様が帰らなければいけないという時間まで遊んでしまっていた。
アイドルをするのが余程楽しかったのか、途中で止めようともせず神様はノリノリで、いつの間にか雪乃さんとも仲良くなれているようだった。
やはり距離を近付けるのには一緒に勉強よりも一緒に遊ぶことだったのか。
「門限があるから、もう帰るね」
にっこりと神様は笑っているも、少し寂しそうに見えた。どうしよう。
①明日も遊ぼう ②明日も勉強 ③さようなら
-ここで①を選べなくてはなりませんー
そうも神様が望んでくれていたならば、最初から勉強会という名目ではなくて、一緒に遊びに行くのも良いのではないかと思えた。
神様が嫌がるかとも思えたが、そういうこともなかったようだ。
真面目で雪乃さんを嫌っていて、勉強するうちに少しずつとか思っていたのだが、少し神様のことを誤解していたかもしれなかった。
二人を仲良くさせようなどとしているが、俺だって神様と古くから仲の良いわけでもないのだからね。
仲良くなったばかりなのだから、まだイメージでしかないところも多い。
親友のように見えて、かの祭ちゃんだってごっこ遊びでしかなかったことが知れている。
近そうな遠距離の多い神様が、雪乃さんとなら仲良くなれるのではないか。住む世界が同じ雪乃さんとなら。
「明日も空いていますか。それでしたら、是非、明日も遊びたいのですが」
迎えが来ているようで、神様は既に玄関を出ようとしていた。
ぱぁっと、振り向いた神様の笑顔は輝いていた。
「ごめんなさい。明日は予定が入っていてね。私で良ければ空いているのだけど」
「じゃあだれの予定が入っているのさ~」
「私と葉月以外の兄妹よ。午後なら海夏が部活から帰ってくると思うわよ」
ツッコミを入れる神様の笑顔は楽しそうに見えた。
会ったことのない海夏さんの情報とか、そもそも一緒に遊ぼうと誘っているのも雪乃さんなのだし、雪乃さんが空いている時点で他の兄妹情報がいらない。
春香ちゃんが一緒に遊べないというところくらいか。どうしよう。
①遊ぼう ②学ぼう ③諦める
-ここも当然①ですよー
予定が入っているようだから、春香ちゃんは残念がるところだろうが、雪乃さんがいるのならそれで十分だ。
ただ、葉月くんは冬華ちゃんよりも年下の、一番下の子、ずっと面倒を看ていなくちゃならない赤ちゃんだった気がする。
ということは、雪乃さんを遊びに連れ出すのは難しいだろう。
一緒に遊ぶにしても、赤ちゃんとなると、どうしたら良いものか愈々わからない。
「雪乃さんが空いているんなら、一緒に遊びませんか?」
迷っている素振りを彼女は見せていた。
嫌がっているようだし、こちらから引いた方が良いだろうか。
けれど、はっきり断れない、というような性格の人ではないと思うのに。
何か言いづらいことが雪乃さんにもあるというのだろうか。
「……ごめんなさいね。明日は無理よ。それじゃあ春香、ちょっと私は予定の相談しようと思うから、向こうへ行ってなさい。冬華が春香のことを呼んでたわよ」
こちらを向いて断ると、春香ちゃんに笑い掛ける。
諦めて外へ出ようかとしていれば、それを雪乃さんに引き留められた。
「また明日、一緒に遊びましょ。楽しみにしているわ。残念がると思うから、くれぐれも、春香には内緒にしてあげてね。それじゃあね」
元気に春香ちゃんが走っていき、部屋へ入って見えなくなったのを確認すると、こちらを向いて雪乃さんはそう言ってくれる。
ひらひらと手を振って、涼しい笑顔で彼女も部屋へと消えてしまった。




